「冗談じゃないよ!なんで僕達が面倒見なきゃなんないのさ、どうなろうと知ったこっちゃないからね!」
「てめぇは、往生際がわりぃんだよ!」

こんな可愛い子、お持ち帰りせずに……いやいや、そんな下心じゃないぞ!
こんな場所に一人残してなんていけないだろ、人として!

「やめて!」

再び口論を始めた俺達の間に、シャンルちゃんが割り込んできた。
シトラの顔が引き攣る。

「やめてください……」

シャンルちゃんが目尻に涙を浮かべ、シトラの手を取った。

「ケンカはだめです」
「さ、さわるな!?」

シトラは咄嗟にシャンルちゃんを振り払う。
転びかけたシャンルちゃんを受け止め、俺様はシトラを睨みつけた。

いくら嫌いだからって、何も突き飛ばす事はないじゃねぇか。

とはいえ、奴も単に女を嫌っているわけじゃない。
シトラの腕の皮膚は、シャンルちゃんに触れられた場所からじわじわと湿疹が浮かび上がっていた。

「シャンルちゃん大丈夫ですか?彼は女性に触れると拒絶反応が出てしまう体質なんですよ。ですから今回だけは、どうか許してやってくれませんか?」

俺様は秘技プリンススマイルを放つ。
これで大抵の女は落ちる。

が――シャンルちゃん!み、見てない!?

俯いてたシャンルちゃんが、涙と共に勢いよく顔を上げた。

「お兄ちゃん……ひどいです―――――!!!」

足元から溢れ出すかのように、ものすごい爆音が響き渡る。
爆発に巻き込まれた俺様の意識と共に、その日、魔王城は地図から消えた。





俺様はベッドの上で目を覚ました。
寝なれた天蓋つきのふかふか俺様専用ベッドでもなく、隣に美女が添い寝ハーレムをしているわけでもなく、ベッドの素材をよりリアルに感じられるように作られてるんじゃねぇ?ってくらいに固いベッドの上にうすっぺらい布団が一枚敷かれ、哀れなくらいに使い古された庶民ベッドだ。

「……あれ?」

俺……何処で何してたんだっけ?
あ、危ねぇ!き、記憶が飛んでる!

お、落ち着け、落ち着くんだ、ヴィン!お前は未来の王だろ!

そうそう、さすが俺様、思い出してきた。
この風景はアレだ、魔王城に行く前の村でとった宿だ。

ん……てぇと、さっきのは夢か?だよな、あんな可愛い魔王であっていいわけないぜ。
いや、魔王が女でも問題ないっちゃ問題ないが……うん、そうだよな。
ぼんキュぼんな美女魔王を従えて戻ったら、皆羨ましがるだろうな……うへへ。

けどなぁ、俺様が王になる為の踏み台となる魔王の城が、あんな魔物一匹もいない蜘蛛の巣だらけの寂れた城とあっちゃあ、後々に俺様記念館として公開するはずだった予定がお蔵入りになっちまうぜ。

「おはようございます」

腕を組んで一人頷いていると、隣でシャンルちゃんが微笑ましい笑みを俺様に向けた。
つられて俺様も薔薇と輝きをしょったプリンススマイルで挨拶を返す。
俺様のプリンススマイルはいつもより1.5割増しだぜ!

が、やっぱり見ていない……!?

「って、え?シャ、シャンルちゃん?」

夢じゃねぇぇええ――!?

いや、それは置いておいて……シャンルちゃん、魔王城の時となんか雰囲気が違くないか?
なんというか、大人っぽい?

「なんじゃ、愚民。"様"をつけよ」
「は?」

俺様の微笑みは思わず引き攣った。

「あの〜……性格変わってません?」
「失礼なことを申すな」
「すいません――って、やっぱちげーぞ!?」

俺様が騒いでいると宿の安っぽいドアが開き、不機嫌を露わにシトラが眠そうな顔で部屋に入ってくる。

「うるさいなぁ……」
「そうじゃ、他の客に迷惑であろうが」
「他の客はともかく、僕に迷惑だよ」
「てめぇは黙ってろ」

なんだ、このシトラが二人になったみたいな会話は!?

俺様はうな垂れながら思考回路をフル回転させ、記憶を整理する。
その時、シトラがなぜか俺様を睨む。

「どーゆーこと?」
「いや、本人に聞けよ」
「これ、中身さっきのババアじゃないか」

なるほど、納得!
俺様は思わず手を打った。

「言われてみれば」
「ババアと言うでない!わらわは三十路を迎える前に他界しておるわ!」
「そんなことは、どーでもいいさ!」

クルスがシャンルちゃんの姿で偉そうに薄っぺらい胸を張る。
シトラはクルスを睨み付けた。

信じらんねぇ、あんなに愛らしかったシャンルちゃんの中身があの偉そうな女じゃ、詐欺じゃねぇか!

「てめぇ、ほ、本当にあのババアなのか?」

俺様はクルスを指差し、戦慄きながら問い掛けた。

「ババアではないと言うておろうが。よいか、わらわの名前はクルス、クルス=オシキャットじゃ」
「じょ、冗談じゃねー!?俺様はあの純心無垢なシャンルちゃんだから引き受けたんだ!なにが悲しくて、ババアの面倒見なきゃなんねぇんだよ、地獄に帰れ!!」

俺様はその場に泣き崩れる。
気分はサイテー最悪、俺様の愛らしいシャンルちゃんを返しやがれェエ!!

「どういうことさ、成仏してなかった?」
「なぜかわらわは成仏しきれず、シャンルに憑りついてしまったようじゃ」
「だったら面倒見る必要ないんじゃない?」

シトラはここぞとばかりに冷静だった。
腕を組んでクルスを見やる。

「……わらわがこの体を支配しておるわけではない。あくまでもシャンルの体じゃ。わらわが出てこられるのはシャンルの魔力が暴走したとき、もしくはシャンルが寝ているとき、そして体の支配を放棄したときのようじゃ」

つーことは、普段はシャンルちゃんなんだな?
よっしゃあ!

と、喜ぶ俺様を他所に、シトラは真面目な顔で不審げにクルスを睨み付けた。

「魔力が暴走?あの時は僕が結界を張ったからなんとか死なずに済んだけど、そんなにしょっちゅう暴走されちゃたまらないよ。爆弾を抱えているようなものじゃないか」
「シャンルは幼い故、まだ魔力の制御ができぬのじゃ」
「ってことは……魔王城の爆発は魔力の暴走ってことか?」

俺様は顔を引き攣らせ、思わずクルス・イン・シャンルちゃんの前から後ずさる。
うっかり死に掛けてたのか、俺。

「まぁ、そういうことじゃ。仕方がなかろうぞ」

クルスの顔が、初めて曇った。
誰に対してのものかは分らないが、申し訳なさそうに逸らされる顔……。

その様子を見たシトラが何かを察して納得していたが、そういうことには疎い俺様には理解出来なかった。

「おい、聞いてねぇぞ!一歩間違ったら死んでんじゃねぇかよ!」
「そうじゃな、先の爆発もあの程度に済んで運のよい事よ」

クルスはシャンルちゃんの愛らしい顔で、やけに大人っぽい、取り澄ました笑みを浮かべた。
まるで、別人を見てる気がする。

なかの人格が違うだけで、人はこうも雰囲気が変わるもんなのかねぇ……ちょっと感心しちまうぜ。

「ヴィン、君はこの条件でも彼女を連れて帰る気?」

シトラが冷めた眼差しでシャンルちゃん……もといクルスを一瞥した。
言われなくとも、さすがの俺様だって迷ってる。

「確かに……死にたくねぇ」
「うんうん、だよね」

シトラが嬉しそうに笑顔で頷く。

「かといって、シャンルちゃんのかわいさも捨てがたい……」
「あ゛ァ?」

シトラが人一人眼力で殺せそうな顔で睨み付けてくる。

「のう、おぬしらはこの子を捨てられるのか?シャンルはまだ幼いのじゃ……世間のことも何も知らぬ」

クルスは俺様にずいっと顔を近付け、人差し指をを立てた。
見せ付けるように優雅な動きで、長い金の髪を払う。

「考えてもみよ、もしシャンルが一人で歩いていたとしよう。この純心無垢な愛らしさゆえ男が寄ってくる」
「確かに……」

俺様は大きく頷いた。
その隣で、シトラが「親馬鹿」と吐き捨てる。

「が、中には悪者もおる。"お譲ちゃんかわいいね、おじさんが飴をあげよう。ついておいで"?さあ、その後はどうなると思う?」

俺様は少し考えた。

「ついてく……あの子なら確実について行く!」

俺様は膝をついて脱力した。

ああ、なんて恐ろしい。
初対面の俺様にあっさりと寄ってきて、ついてくる子だ――間違いなく、誘拐成立ッ!!

「あのねぇ、ヴィン!僕にした約束は忘れた?」
「あ〜……」

確か、人間の王として、世界の均衡を保つ協力をするってやつか。

「世界に均衡を崩していたと思われる魔王が死んだ今、その新しい魔王は用なしなんだよ。だから、僕達にはそこまで関係ない!」

イラついた顔で、シトラが俺様を怒鳴りつける。
俺様とクルスに衝撃が走った。

「な、なんて恐ろしい!鬼、悪魔、冷血漢!!」
「おぬし、それでも『男』かえ?」

劇的に台詞を吐く俺様とクルスに、シトラの中からブチッという音が響く。
あ、キレた。

次の瞬間、シトラはドアに手を掛けて肩越しに振り返った。

「ああ、そう。よく分ったよ、そーやってグルになっちゃうワケ?ふーん、そう、好きにすれば。僕は君が魔力の暴走に巻き込まれて死んだって知らないからね」

氷り付くような冷淡な眼差しと共に淡々と捲くし立て、勢いよく部屋のドアが閉まる。
部屋の外から、ズンズンと遠ざかっていくシトラの足音

部屋は静まり返った。
あまりの迫力に、ドアを見つめたまま俺様とクルスは立ち尽くす。

どうやら俺様とのパーティーを解消する気はないらしい。
でも、あの様子だとしばらくネチネチと嫌味を浴びせられそうだ……。

が、再びシトラが戻ってくる足音と共に、再び勢いよくドアが開けられた。

「ついでに年下好きの君に言っておくけど、その子の体、見た目は若いけど確実に僕よりも年上だよ。それだけ、じゃあね!」

何ィー!?

思わずシャンルちゃんに振り返る俺様を他所に、宿が揺れるほどの力でドアを閉め、シトラは再び去っていく。

ちょっと待て!シトラより年上って……シトラの奴、後二年で二百歳って聞いたぞ!?

「ま、まじ?」
「うむ、魔族の成長は遅くてのう。こう見えて実は……しかし、レディに気安く歳を聞くものではないぞ」

二百超えててレディって……いっそ腹立たしい。

それにしても、どう見ても十四、五にしか見えねぇってのに、俺よりも何十倍も年上とは!
明らかに許容範囲外だ、やられた。

俺様は、チラリと盗み見るようにシャンルちゃんを見た。





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