むかし、むかし
とある大陸のとある王国に、三人の王子さまがいました。

第一王子はとても優秀で、第三王子はとても慈悲深く、民衆からも愛されていました。
しかし第二王子はあまりいい噂を聞きません。

そんなある日、病に伏せた王は三人の王子にこう言いました。

「お前たちの中で、一番民衆から感謝をされることをしたものに次の王位を譲る」

その言葉に、二人の心優しい王子は顔を見合わせた。

「でしたら私はまず、民衆のため治水工事に力を入れましょう」
「私は、税を減らしたいと思います」

第二王子ヴィンは、退屈そうに二人の意見を聞いています。
王様は、最後に第二王子の意見を問いました。

「ではお前は、ヴィン?」

王子は自信に満ち溢れた面持ちで、胸に手を当てました。

「私は、悪しき者達を統べ、我々の生活を脅かす暗黒の魔王を倒してご覧に入れましょう」



――勇者を名乗り出た王子の名を、"ヴィン・デボンレックス"
これは、彼の始まりの物語――…










薄暗い城の隅々には蜘蛛の巣が張り、骸骨や鼠の死骸が転がっていた。
壁のランプは感覚が広く、薄黒い城内を照らすには心許ない。

目の前には、まるでこの俺様を見下すように重圧的に聳え立つ観音開きの鉄の扉
中央のガーゴイル像の瞳は赤い、多分ルビーだな……後でくり貫いて売り捌くか。
牙の間から、鼠の親子までもが俺様の輝かしき第一歩を見守っていた。

俺のすぐ隣で、相棒の杖が石畳の床を叩く音がする。

旅の途中仲間になった、エルフの王"シトラ・ソマリ・ラグドール"だ。
エルフなだけあって、下手な女よりもずっと綺麗な顔をしているものの、非常に残念な事に男。

「この先に魔王がいるんだね」

シトラの声を聞きながら、俺様は長かった旅を思い出していた。

俺様は王になる為に魔王退治の旅に出た。

数百年の間、魔族は人間を襲うどころか関わりを持つことすらしなかった。
だがここ数十年、魔族の中の下っ端魔物が人間を襲うようになり始め、被害は増え続ける一方だ。

エルフの王シトラは、世界の均衡が崩れるという予言を受け、その原因を調べる為に森から出てきた田舎もの。
親切な俺様はその原因が魔族であることを教えてやり、後々伝説として語り継がれるであろうこの俺様の旅に同行までさせてやっている。

魔族の王を倒せば、俺様の評判も急上昇間違いなし。

「さっさと魔王をぶっ殺して戻るぜ、そして俺様は王になる!」
「どうだかねぇ」
「俺様の計算に間違いはねぇ」

俺様は絶対の自信と共に口の端を吊り上げ、にやりと笑った。

シトラは呆れ顔で俺様を見たが、すぐに涼し気な笑みを浮かべる。

「はいはい、じゃあやっちゃいますか」
「よっしゃあ、行くぞ!」

俺様は腰の剣を抜いて、長旅でボロボロになったマントを勢い良く払う。

空気を含み、ばさりと音を立てて翻るマントと共に、足で扉を思いっきり蹴り開けた。
やり過ぎて足の骨まで痺れていることはさておき、扉は鈍い音を立ててゆっくりと開いていく。

俺様はドアから差し込む光を背に、大陸中の美女を腰砕けにする美声で声を張り上げた。

「はいはい、ちゅうもーく!サイベリアン王国の国王・ヴィン・デボンレックス様のご到着だァ!」
「王子でしょ、図々しい」
「俺様の野望のために死ね!そして今すぐ生命保険入ってきやがれ!」

隣で余計な訂正を入れるシトラを無視して、俺様は王座に向かって保険金の契約書を突きつける。

途端に、破裂音が薄暗い空間に響き渡った。
い、いきなり攻撃とは!?悪役の風上にも置けないねぇぞ!

身構える俺様の頭上に、何処からともなくヒラヒラと紙ふぶきが降り注ぐ。

思考が停止した俺様は一瞬固まり、思わずシトラに目で問い掛けた。
説明を求める俺に対し、シトラの奴は無表情に正面の王座を指し示す。

「ようこそ、魔王城へ」

愛らしく、まだ幼さを残す少女の声が、まったりと響き渡った。

奥からぽつぽつとランプが灯り、煌々と部屋中を照らし出す。

王座に座っていたのはクラッカーを手にした一人の幼い少女で、体が透けている美女が、少女に寄り添うように肘掛に座り足を組んでいる。
二人は俺様達を見て、にこりと微笑んだ。

そして、クラッカーを俺様に向ける。

「なにしやがる――じゃなくって、あなた方は一体?」

女性の手前、俺様は地が出ていることに気付き、慌てて紳士的に言い換える。
透けている美女は待ってましたと言わんばかりに立ち上がると、少女の肩に手を置いて艶やかに微笑んだ。

「この子は魔王の愛娘・シャンル=オシキャット。そしてわたくしはクルス=オシキャット、魔王の妻ですわ」

魔王のくせにー!?
こんな美女と美少女に囲まれた生活をしてやがったのか!うらやま……げふん、憎らしい!!

悔しがる俺を他所に、クルス=オシキャットは愛娘の背中を押した。

「さあ、シャンルご挨拶は?」
「はい」

少女はやわらかく微笑み、ドレスの裾をちょこっとつまんだ。
その姿は、一生懸命練習したかのような初々しさと緊張を含み、なんとも愛らしい微笑みと共に会釈を送ってくる。

「シャンル=オシキャットです、よろしくお願いします」
「はじめまして、お嬢さん!よかったらこれからお食事でも!」

俺様はすかさずナンパモードに突入した。
美女もいいが、こっちの美少女の方はめっちゃ俺様のタイプなんだ、これが!

が……俺様の素晴しき頭脳が詰まった後頭部を、シトラの杖が叩き割った。

「ぐあぁあ!?シトラ……てめぇ!?」
「なに、ナンパしてんのさ。君の台詞は『んなこたぁ、きーてねーんだよ!魔王の奴はどこにいやがる!!』だろ?」

しっかり俺様とシャンルちゃんから距離を確保しつつ、尊大な態度で言い放つシトラ。
そう、何を隠そう……こいつは大の女嫌い。
小憎らしいので、いっそ二人に向かってこいつを突き飛ばしてやりたい……。

「で、魔王は何処?」

シトラのやつ、なんてふてぶてしい態度……。
クルスと名乗った女は目を細めると、口の端を軽く上げて、まるで姑のような意地の悪い笑みを浮かべた。

「魔王は三日前に病で死んだ。よって現魔王はこのシャンルじゃ」

おい、なんかしゃべり方変わってんぞ?
つーかちょっと待て、魔王が死んだ?で、現魔王がこの少女?

「た、倒したくねぇ……」

俺様は膝を付いてうな垂れた。
シトラの奴は、そんな俺様を当然のようにシカトして、杖を構える。

「じゃあ、倒させてもらおうか」

シトラの鬼ィー!!
知ってたけど。

「ちょっと待てよ、いくらなんでも……」

俺様はシトラとクルスの間に割って入った。

「君は王様になりたいんじゃなかったの?僕もこれ以上世界の均衡を崩されちゃ困るんだよ」
「いや、まぁ、そーだけど……」

あぁ、シトラがキレかけてるぜ。
顔がこえぇ……

俺様は、恐ろしい顔で迫ってくるシトラから顔を逸らした。

すると、ちょうど正面で王座の前に立っていたシャンルちゃんと目が合う。
シャンルちゃんは花を撒き散らすかのような錯覚を魅せる愛らしい微笑みと共に、俺様に駆け寄ってきた。

「シャンル、ちゃん?」
「はい!」

シャンルちゃんは嬉しそうに元気な返事を返す。

ふわふわの白金の髪を頭上でふたつに束ねた少女の瞳は、淀みなく澄んだアメジスト。
人を疑う事を知らないかのような無垢な瞳は、俺様には少々眩しい。

こんな可愛い子が新しい魔王じゃ、魔族も鼻の下伸び放題だろうよ。
まぁ、魔王が死んじまったってことは、魔族も元の状態に戻るだろう。

「シャンルちゃんはこれからどうするの?」
「シャンルですか?」

シャンルちゃんは困ったように首を傾げ、視線を彷徨わせた。
少し迷ってから母親の元に走っていくと、シトラと口論中のクルスに呼び掛けて、俺様がした質問をそのまんま報告する。

俺様は無言で見守った。
だって、あまりにも可愛かったから。

するとクルスが、思わず「クルス様」と呼びたくなるような顔で俺様を見下ろす。
何故「王」である俺様が見下ろされにゃあならんのだ?全体的におかしい、間違ってるぞ!

「よいか、よく聞け。わらわは魔王が死んだ後、この城を最初に訪れた者にこの子を託そうと思っておった。そして、それがおぬし等じゃ」
「いらない」

シトラ、真顔での即答。
浮かれかけた俺様を含め、一瞬場が凍り付いた。

「なんでだよ!シャンルちゃんかわいいじゃねぇかよ!」
「いい加減にしなよ、ヴィン!一応魔王、しかも女だ!」
「てめぇの場合は最後の理由が一番だろーが!つーか、この子の為だったら、俺様はてめぇを敵に回したって構わねぇ!」
「ふざけるな!!君は、いっつもそーやって寝返る!そのせいでいつもいつも僕がどれだけ迷惑を被ってきた事か、忘れたとでも言おうものなら、今すぐにでも思い出させてやろうか?つーか、毎晩枕元で語り明かしてやるよ!」

ちっ、執念深い奴だ……本当にやりそうだから恐ぇ。
そりゃあ、旅の道中にそんなこともあったかもしんねぇが、短い人生、人間は欲望第一なんだぜ!

「とにかく、僕は絶対に嫌だからね」
「いくらてめえが嫌でも、俺様はこの子を連れてくぜ?」
「いーやーだ!」

俺様とシトラは、シャンルちゃんとクルスをそっちのけで口論を始める。

「いい加減にせぬか!!」

そのとき、雷が落ちたかのごとくクルスの怒声が空気を震わせた。
俺様とシトラは飛び上がり、クルスとシャンルちゃんの方を恐る恐る見やる。

クルスは笑顔だったが、額に青筋が浮かんでいるのは多分錯覚ではないだろう。

「この子を頼むぞ。では、さらばじゃ!」
「おい、ちょっとま――」

シトラがクルスに呼び止めようとしたが、クルスは目も開けていられないような眩い光に包まれる。
ようやく光が薄れて俺達が瞼を起こした時には、そこにはシャンルちゃんの姿しかなく、クルスは跡形もなく消えていた。

「ちょっ、待ちなよ!ちょっと!」

シトラが天井に向かって叫び声を上げた。
そう……俺達はクルスが成仏しちまったってコトを察したんだ。






一話、ご閲覧有難う御座いました。
管理人のももと申します。

このお話は大分前に、友人の朱唯(しゅい)と共にオフで漫画として(シナリオ:管理人/漫画:朱唯)製作する為に作成した、いわゆる合作のお話です。
許可を得て、修正と共にサイトに公開する事に致しました。

楽しんで頂ければ幸いです!






NEXT