9
「だって俺、ここの出身だから外の人達とは違うし」
「違うって、確かにちょっとした違いはあるでしょうけど……それって習慣とかの違いでしょう?」
大袈裟なことを言うと、カーラは心の中で呟く。
だがマルスの顔は深刻だ。
思わずこっちが慰めなければならないような焦りすら覚えてしまう。
マルスはゆるゆると首を横に振った。
「でも、カーラちゃんは俺のことよく知らないでしょ?知ったら俺のことやっぱり変だって思うかもしれない。外から来た人に言われたことがあるんだ。お前の性格はまるでメッキを貼り付けたみたいだなって」
「……は?」
「自分でもそう思う。外の人達は俺達研究所で生まれた使徒とは何かが違う。俺は皆と同じになりたいと思うけど……結局はなれないんだ」
「……」
カーラは丸くしていた目を眇め、マルスを睨む。
マルスはびくりと肩を揺らした。
「ばっかじゃないの?」
「え、ば、ばか?」
「そうよ。誰よ、そんなこと言ったの!自分は何様なわけ?性格が人それぞれなのは当たり前のことでしょう」
一気に捲し立てるカーラに気圧され、今度はマルスが驚いた顔で目を瞬かせた。
カーラは「いい?」と、マルスの胸に指を突き付ける。
「それは個性って言うのよ。そんなことも知らないの?って、今度言われたら言い返してやるべきだわ」
怒ったように強い口調で言い放ったカーラに、マルスはわなわなと肩を揺らした。
「カ……カーラちゃん……」
「な、何よ」
「格好いい」
「それはもういいから……」
頬を染めるマルスに、カーラも思わず照れながらそっぽを向く。
「で、それが話さない理由とどう関係してるわけ?昔の話をすると、その"普通の人"じゃないと思われるってこと?」
「う、うん。実際は分からないけど、俺には判断がつかなくて」
マルスがカーラからそっと顔を逸らした。
表面ばかりの笑みを張り付いた顔が、自分の弱さを誤魔化すように笑っている。
「……俺、自分を否定された時、何がきっかけだったか覚えてないけど、でもそんな変なことを言った自覚が今もないんだ」
「……」
「カーラちゃんには本当に話そうと思ったんだよ。けど俺達にとってはもう終わった嫌な過去だけど、もしかしたらカーラちゃん達にとっては、俺達を嫌ったり軽蔑したりする内容なのかもしれないって不安になってきたんだ。いろいろ考えてる内に怖くなって、別の話をしてたらカーラちゃんも忘れてくれるんじゃないかって思って逃げてた。ごめんなさい」
カーラはマルスをただじっと見上げた。
そしてふいっと顔を逸らすと、日傘がカーラの顔を隠してしまう。
「もういいわ……」
棘はないが、優しさもない声で呟くように告げ、カーラは城の方へと歩き出す。
マルスは「待って」と、その場でカーラを呼び止めた。
「か、帰るなら部屋まで送るよ」
「はぁ……そうだった。常に監視付なんて憂鬱ね」
カーラはため息を漏らした。
まるでマルスの存在を忘れたように、カーラは顎に手を当ててブツブツと呟く。
「ってことは、一人じゃ散策も出来ないのね。やだ、三階からの景色が見たかったのに……」
「え?何々、三階?よかったら俺付き合うけど?」
「……」
カーラが無言で笑顔のマルスを見上げ、興味がそそられないと言いたげな顔でふいっと目を逸らした。
マルスは笑顔のまま固まる。
「あ、あのさ、もしかして、もう俺とはデートしてくれない?俺嫌われた?」
「は?」
「そうならそうと言ってくれた方が……いいな。俺よく空気読めないって言われるし」
指を絡ませながらもごもごと呟くマルスを半眼で見上げ、カーラは先程以上に大きくため息を漏らした。
「別に」
「カーラちゃん!」
「最初から好きでも嫌いでもないし。ただちょっと鬱陶しいくらいにしか思ってないわ」
「カーラちゃん……」
一瞬で輝いたマルスの笑顔が、次の瞬間にはどんよりと曇る。
豊かな表情の変化に、カーラは人知れず口元を緩ませた。
「……次に誘うときは、もうちょっとちゃんとエスコートして頂戴!それと最低限」
「え?」
「デートに誘うつもりなら、他の男からあたしの好みを聞くんじゃなくて、自分で聞いたり調べたりして」
「じ、自分で?あ!ちょっと、ちょっと待って、カーラちゃん」
「何よ」
「それって、またデートに誘ってもいいってことだよね?」
「言っときますけど、OKするとは言ってないからね」
つんとそっぽを向くカーラなどお構いなしに、マルスは目を輝かせる。
「うん、俺頑張る!」
張り切るマルスの顔を見ていると、カーラは段々面倒になってきた。
やっぱり、放っておけばよかっただろうか……と、少し後悔する。
妙に疲れた気分になり、もう本当に部屋に戻ろうという結論に至った時、マルスは嬉しさの滲んだ声でカーラに頬笑み掛けてきた。
「やっぱり、カーラちゃんはマルツィオの言った通り優しいな」
「はい?今その名前出さないで頂戴、思い出しても腹が立つ。それにあたし優しくなんてないわ」
「そ、そう?」
「そうよ。むしろ冷たいってよく言われるわよ」
「ふんっ」と鼻を鳴らし、カーラは無表情に返す。
マルスは目を瞬かせ、そんなカーラを見下ろした。
確かにカーラの言動や態度は突き放すようなものが多い。
他人を拒む言葉と共に、拒絶するオーラのようなものが出ているが……。
マルスは、くすりと苦笑を浮かべた。
「そんなこと言う人は、きっとカーラちゃんの表面しか見ようとしてないんだ」
「なっ!」
カーラが目を見開き、真っ赤な顔でマルスを見上げる。
カーラがあまりにも驚いた顔をするので、マルスも何か不味いことを言ってしまったのかと驚いた。
「なっ、なっ……」
「え、ええっと?」
焦るマルスに、カーラは真っ赤な顔で肩を戦慄かせる。
カーラは思い出したように、真っ赤な顔を傘の影に隠した。
顔が火照り、どんな顔をしていいか分からない。
(そんなこと、お母さんにしか言われたことないわ……)
自分にとって外見は人を惹き寄せるものだ。
この外見のお陰で、主に男ではあるが人は寄ってくる。
だが、中身を真剣に見ようとした者はいない。
カーラとて、可愛げのない自分を知ってほしいとも思わない。
どうせ失望される自覚があるからだ。
(ど、どうしよう。何か言わないと、変に思われちゃう!)
(どうしよう!カーラちゃん、もしかして怒ってる?俺また変なこと言った?)
焦るカーラ同様、傍でおろおろとするマルスが、港の方へと視線を向けて目を輝かせた。
「エドゥ!おかえり」
気まずい空気を打開してくれる救世主を見付けたかのごとく、マルスは港から歩いてくる任務帰りのエドゥに手を振る。
その声に釣られて振り返ったカーラにも、エドゥが救世主に思えた。
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
何故二人にこんなに歓迎されているのだろうという疑問を抱きつつも、エドゥは軽く手を上げて返し、二人の前で足を止めた。
「あれ、今日はマルツィオは?」
「……さあ、あたしは知りません」
カーラの顔にほのかに浮かんでいた輝きが、一瞬にして青筋へと変わる。
昨夜、バーでマルス達と一緒に飲んでいたエドゥは、大体を察した。
(マルツィオがマルス達に情報流したってバレたらカーラはいい顔しないだろうとは思ってたけど……ばれるの早いな。それとも、今日新たに地雷を踏んだか?)
エドゥは縋るような眼差しを向けてくるマルスにちらりと一瞥を投げる。
(まあ、マルスが空気を読まずに全部ネタばらししたんだろうな。昨日ナタクが余計なこと言ったのもあるし……)
カーラのマルツィオへの怒りはそうそう冷めないだろう。
エドゥはマルツィオに少しだけ同情した。
(怒ってるカーラをデートに誘うまでは上手くいったけど、会話が弾まなくて空気が重いって状況か?)
多少の読み違えはあれど、カーラがマルツィオに怒っていることだけは分かる。
エドゥは腕を組み、小さく唸った。
そして、思い立ったように軽くカーラの肩を叩く。
「カーラ」
「はい?」
カーラはエドゥに肩を叩かれ、無防備に振り返った。
「マルツィオの真似」
指で目尻を下げ、今にも泣き出しそうな間抜けな顔をしているエドゥに、カーラは思わず吹き出した。
「ちょっ、エドゥ、止めてください」
思わず吹き出してしまったものの、口元を抑えて必死に笑いを堪えるカーラに、エドゥはマルツィオの泣き真似まで始める。
ついに声をあげ、腹を抱えて笑いだすカーラに、エドゥも「似てただろ?」と嬉しそうに笑う。
マルスは呆気にとられた面持ちで、笑う二人を見詰めた。
「そうそう、この間訓練中にコケたらたまたまナタクの顔面に頭突きしちゃって、その時のナタクの形相がこんな感じ」
「ぷっ、あはは、やだ、本当やめて。お腹苦しい!」
カーラが心底おかしそうに笑っている。
人が笑うのはごくごく当たり前のことではあるが、それがいつも憮然としているカーラとなると別だ。
エドゥは楽しそうに話すし、その話のひとつひとつにカーラが憮然とした顔を崩し、ついつい笑ってしまっている。
(エドゥは、やっぱり凄いなぁ……)
マルスは小さく頬を緩ませた。
彼に対する純粋な尊敬の念がある。
エドゥは、上級クラス・第一階級セラフィムだ。
強い上に気さくな性格で、皆に好かれている。
こういう人になりたいと、思い知らされるように憧れていた。
(いつか、俺もカーラちゃんを笑わせられるようになりたいな)
「マルス」
「ん?」
エドゥがマルスに声を掛ける。
マルスはにこにこと笑みを浮かべて、話に加わった。
―NEXT―