(いや、そうだろうって分かってたわよ。分かってたけど――)

こんな間抜けな男にいいように動かされたことに。
魂胆は分かっていたのに、少しでも可愛い日傘や綺麗な庭園に釣られた自分に……。

(腹が立つッ!)

殺気立つカーラに、マルツィオが蒼白になる。

「うーん」

ピリピリとした空気の中に、エドゥの呑気な唸り声が割り込んだ。
エドゥは腕を組んだまま、真剣な面持ちでカーラとナタクを今後に見比べた。

「さっきからカーラとナタクのことでひとつ気になってんだけど、ちょっといいか?」
「は……?」
「何です……?」

カーラとナタクが、訝しみながらエドゥの顔を見上げる。

「なあ、ナタクとカーラってどっちが背高いんだ?」

カーラの隣で、ナタクが音を立てて固まった。

「なっ……にを言い出すかと思えば、僕の方が高いに決まっているでしょう」
「そうか?」
「そうかなぁ?」

動揺するナタクよりも遥かに冷静に、エドゥとマルツィオが並んで首を傾げる。

カーラが思わず笑いを堪えていると、ナタクが目を血走らせてカーラを睨み付けた。
すかさず、ナタクの指がカーラの足元を指す。

「お前、ちょっと足を上げろ」
「はァ?」
「靴底を見せろと言っているんだ」

なんで偉そうなんだろうと思いつつも、もしかして何か付いているのかもしれないと思い、なんとなく従ってしまう。

同じく覗き込むマルツィオとエドゥ。
「何この状況……」と、カーラは三人のつむじを見下ろしながら思う。

「もしかしてナタク、ヒールの高さでって思ってる?」
「カーラのはヒールがあるんだな。俺達のはその分靴底に厚みがあるけど……」
「ぐっ……!」

ナタクが歯軋りを立てて勢いよく立ち上がった。

「お、お前、ちょっとそこの壁に立て」
「……あたし、そろそろ次の人の所行きたいんだけど……」

不満と呆れを隠しもせず、カーラはナタクから後すさる。
ナタクは戦慄きながら、強い口調で「いいから立て」と壁を差した。

渋々壁を背に立つカーラの隣で、ナタクが背筋を伸ばして並ぶ。

「さあ、どうですか!」
「うーん……」
「微妙……」

またもやエドゥとマルツィオが首を傾げる。

「誰かメジャーを!」を言い始めたナタクに、カーラはうんざりして顔を背けた。
女性の平均身長よりはやや高いカーラだが、こうも敵意を剥き出しにされたのは初めてだ。

すると、ひょっこりと赤い頭が顔を出す。

「皆揃ってどうしたのかな?」
「ああ、ユハ。丁度いい所に。これ明日の指令書です。届けるように言われて」

ユハはカーラから指令書を受け取り、「有難う」と笑みを添える。

ナタクは無言で邪魔者から顔を逸らした。
その顔は少しばつが悪そうな様子で、カーラは素知らぬ顔をしながらも、仲が悪いのだろうかと思う。

それにしても、ユハはカーラにとっては有難いことこの上ないタイミングでの出現だ。
先程渡せなかったことに対する文句は言わないでおこうと心の中で呟く。

すると、ユハは仏頂面のナタクを見やる。

「ところで何、喧嘩かい?確か君達同じ歳じゃなかったっけ?折角だし、もう少し仲良くすれば?」
「なっ!?僕の方が年上だ!」

ナタクが声を荒げる。
「あれ、そうだっけ」と、ユハはあまり取り合った様子もない。

(あー……この人、確信犯だ)

怒るナタクと、適当にあしらうユハを見やり、カーラは確信する。

恐らくナタクに身長の話題はタブーなのだろう。
エドゥがあえて身長の話題を振ったのは、恐らく険悪になりかけていた空気を変える為だと思う。
だがユハが身長の話題を持ち出したのは、ナタクの反応を楽しむ為の方が大きい気がする。

ナタクは八つ当たりのようにカーラを睨んだ。
今度はカーラがムッとした。

「そんなことであたしに怒られても迷惑なんだけど」
「怒っていないし気にもしていない!不愉快だ、失礼する!」

足音を立て、ナタクが大股で去っていく。
思わず首を竦めていたカーラは肩から力を抜き、少し罪悪感を覚えた。

(その人にとっては重大な問題なのに、"そんなこと"なんて言ったら不愉快よね)

後で謝るべきだろうかと思いつつも、自分の性格ではナタクのようなタイプに素直に謝れる自信がない。
というよりも、謝る気が起きない。

(ああいうタイプとは合わないわ……)

カーラはしみじみと思った。

そして視線を感じる。
ナタクの部屋の隣、二階で最後となる部屋のドアが少しだけ開いており、その隙間から誰かがじっとこちらを見ていた。

「何してんだ、アイツ……鼻息荒いけど具合でも悪いのか?」
「ああ、エドゥ、あの日いなかったもんね……面白かったんだけど」
「おもしろかった?」
「うん、凄く」

エドゥが首を傾げると、ユハがしみじみと頷いた。
"おもしろかった"と言われ、その場にいられなかったことを残念そうにするエドゥを他所に、ユハは思い出してくつくつと笑っている。

ああ、ユハってこういう人なんだ……とカーラは理解した。
そして、ドアの隙間からこちらを見ている男にも見覚えがある。

「ねえ、マルツィオ、あの人って確か……」
「うん。最後の部屋はピエタリだよ」

マルツィオが同情した視線をカーラに向ける。
顔合わせの日に、カーラを恐怖に貶めた変態だ。

「はぁはぁ……女王様が……俺の部屋にっ。お好みの鞭はなんだろう、へ、へへっ」
「……」

カーラを筆頭に、エドゥとマルツィオの顔から血の気が引いていく音が聞こえる。

その日、二階最後の部屋が最大の難関となった。





「カ・ア・ラ・ちゃん!」

翌朝、マルスとナーガラージャがカーラの部屋を訪れた。
あまりにもご機嫌なマルスの様子から、このまま部屋のドアを閉めようかと迷っていると、マルスがうさぎのぬいぐるみを得意気に差し出してくる。

「どう?趣味?」
「どうって言われても……それが?」
「カーラちゃんにプレゼント」
「……はぁ、あのね」

カーラはため息を漏らしながら、ドアを開けた。

「あなたからプレゼントを貰う理由がないでしょ?そもそもあたしもう18よ?子供じゃないんだからぬいぐるみなんて――」
「き、気に入らなかった!?駄目だって、どうしようナーガ」
「だからアクセサリーにしろって言っただろ」

涙目になって相棒に助けを求めるマルス。

二人はカーラに背を向け、コソコソ会議を始めた。

ナーガラージャが肩を竦める。
マルスはうさぎのぬいぐるみをまじまじと見つめ、項垂れた。

「これ、可愛いくなかったのかな?けど、カーラちゃんは可愛い物が好きだって言ってたから……」
「ちょっと待って、あたしそんなこと言ってないわ。誰がそんなことを?」
「え?」

マルスとナーガラージャが顔を見合わせる。
そして声を揃えて、マルツィオの名を上げた。

「マルツィオ?どういうこと?」
「え?昨日バーでマルツィオを酔わせてから、カーラちゃんはどうすればデートしてくれるか教えてもらったんだ」
「そうしたらカーラは可愛い物が好きみたいだし、なんだかんだで押しに弱いって」
「っ、あの……馬鹿男ッ!」

ギリリと歯軋りを立て、カーラが肩を怒らせる。
人一人くらい軽く殺せてしまいそうな殺気立つ眼光に、マルスとナーガラージャが手を取り合って怯えた。

「カ、カーラちゃん?」
「冗談じゃないわよ、勝手に人の事決めつけて!」
「あ、カーラ、何処へ?」
「部屋にいるとあいつが来るし、一人になりたいの!ついてこないでください」

カーラは二人を押しのけて部屋から出て行こうとする。
慌てた様子で、目の前を通り過ぎたカーラの前にナーガラージャが回り込んだ。

「待って、外に行くのか?」
「関係ないでしょ」
「いや、でも……そういう決まりがあって」

ナーガラージャは言い辛そうに言葉を濁す。
眉を顰めたカーラは、「ああ」と納得した。

恐らく、入隊したばかりの使徒は、逃亡防止の為に暫く単独行動を禁止されているのだろう。
"教育係"というのは"監視役"でもあるのだ。

苛々する。
胸の内がムカムカとして、掻き毟りたい気分だ。

「なら部屋にいる!」

むすっとした面持ちで吐き捨てたカーラが部屋に戻ろうとすると、今度はマルスがカーラの行く手を阻んだ。

「よっ、用事がないならさ!俺にカーラちゃんの時間を分けてくれないかな?」
「……はァ?一人になりたいって、言ったんだけど?」

カーラが言葉以上に物を語る鋭く冷淡な瞳を向ける。
石化しそうになったマルスが、ぐっと堪えて早口に捲し立てた。

「カーラちゃんが嫌なら俺ずっと黙ってるから!けど一度でもいいからチャンスをくださいっ!」
「……」

必死な面持ちのマルスに、カーラは思わず怒る肩から力を抜いた。
そして視線を背後のナーガラージャに向けると、苦笑が返ってくる。

カーラは視線をマルスに戻し、緊張した面持ちでカーラを直視してくるマルスを見上げた。

「なんでそんなに必死なの?あたしに癒しなんて求めても無駄よ」
「え?だって、カーラちゃんが凄く気になるから!」

マルスが即答する。
照れもせずに言うものだから、カーラも相手の真意を測りかねた。

「気になるって?何が?」

これで胸が大きいからなどと言いだしたら、とりあえず顔面をぶん殴って二度と口を利かないようにしようと心に決める。
そんなカーラの決意など知りもしないマルスが、満面の笑みで返した。

「何って、そうだな……最初はおっぱいおっきいなーとか?」

よし、殴ろう!と、カーラは拳を握り締める。
だがマルスは、最後に照れたように頬を掻いた。

「でも凄く気になりだしたのは、一昨日。カーラちゃんが格好良くて」
「……は?」

目を瞬かせるカーラに、やはり照れたようにマルスは続ける。

「マルツィオを庇った時にそう思ったんだ。普通、地下の連中にあんなはっきり言えないよ」
「そうなの?だからマルツィオは言われるままだったの?」
「まあ、マルツィオが言われっぱなしなのは性格だと思うけど、ユハが来る前までは、使徒に対する扱いは本当に酷かったからな」

マルスはナーガラージャと顔を見合わせて苦笑を浮かべた。

カーラは首を傾げてそんな二人を見る。
そんなカーラの視線に二人が気付いた。

「気になる?」
「え?」

しまった……と思うが、すでに手遅れだ。
マルツィオのプレゼント作戦然り、今度は気になる話作戦に嵌ってしまった。

「ち、ちょっとは……」
「じゃあ、折角だし外で話そうか。ここにいたらマルツィオが来るんだろ?」
「何か食べながらはどう?早く行かないとマルツィオが来ちゃうなー」
「くっ……」

「もう好きにして……」と、カーラは項垂れながら返す。
顔を見合わせるマルスとナーガラージャは、したり顔で笑みを交わした。





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