12


「随分借りてきたようだな。まさか全部観る気じゃないだろう?さっさと観て終わらせてもらいたいね」
「なんだ、てっきり非協力的な態度とってんのかと思ったら、随分協力的じゃねぇ?」
「ふっ……ブリュール。世の中には、どう足掻いても話の通じない相手がいるんだよ……」
「おいおい、誰だ。フェルナンドの奴に悟りを開いた遠い目させてんのは」

何処か遠くを見て呟くフェルナンドに、ライアンズが柚に半眼を向ける。
お前もその一人だろうという視線を向ける焔を他所に、袋からディスクが入ったパッケージを取り出して床に並べていた柚が、おもむろにその手を止めた。

柚の咳払いに振り返ったフェルナンドと焔が、柚が淡々とした面持ちで手にするディスクのパッケージに目を向けて顔を赤く染める。

「いやね、別にこういうのを観ることに関して私はどうこういうつもりはないんだけど、さすがにその場に居合わせたら居た堪れないといいますか、うん。結論から言いますと、こういうのは男三人でひっそり見ろよド変態」
「三人ってなんだい!僕はそんなものは観ない!」
「言っとくけど、俺は止めたんだからな!止めた上であいつが聞かなかったんだからな!」

フェルナンドが目を吊り上げて怒鳴り、焔がパッケージから顔を逸らしながら言い訳をする。
そんな男二人よりも遥かに冷静な柚は、冷めた面持ちでパッケージを見下ろし、かつ冷静な分析をしていた。

「……とりあえずライアンが巨乳好きであることは分かった。まあ、知ったところで何の価値もない知識だけど」
「君に恥じらいというものはないのか」

フェルナンドは柚の手からディスクの入ったのパッケージを抜き取ると、ライアンズに投げ返す。
受け取ったライアンズは口を尖らせて文句を言っていたが、柚もフェルナンドもライアンズを無視して話を進める。

「予想の範疇であったことが実に残念であり、改めて彼が軽蔑と侮蔑の対象でしかないと再確認させられたよ。他に何があるんだい?あの馬鹿が選んだ物の中にまともな物が入っているのか?」
「やだなあ、フェルナンド。軽蔑と侮蔑は一緒だろう。一応普通のもあるぞ。私暗い映画は苦手かも、焔は何がいい?」
「あ?アクション系とかどうだ?」
「皆で観るには無難だな。フェルナンドは?」
「僕はなんでもいい」

完全にライアンズを抜いて観る映画を決め兼ねている三人の後ろから、無視をされても落ち込む気配のないライアンズが、ひとつのディスクを手に嬉々として名乗りを上げた。

「よーし、なんでもいいってならここは間をとってホラーでいこうぜ」
「黙っていてくれないか、馬鹿が。死んでくれ」
「間をとってホラーってなんだ?意味が分からん。消えろ」
「もうあんた、頼むから黙っててくれよ。うざい」
「ちょっ、お前等ひどっ!?」

冷めた一瞥と共に暴言を吐き捨てるフェルナンド、柚、焔の三人に、さすがのライアンズも涙目になる。
追い打ちをかけるように、フェルナンドがライアンズへと氷のような眼差しを向けて捲し立て始めた。

「大体、何故ホラーなんだい」
「え、いや、観たかったやつが出てたから……」
「くだらない、馬鹿らしい、こんなものが観たかったって?実に馬鹿らしい。ホラーとはなんの為に作られるんだ、まったく無意味なジャンルだと思わないのか。そもそも人はなぜホラーなどというものを観てわざわざ恐怖を感じようとするのか理解に苦しむ。幽霊やホラー現象は臆病者が勝手に起こした錯覚であり、そんなものを商業として成り立たせる連中がいるかと思うと心底不愉快だ。そう、錯覚だよ、馬鹿らしい。驚かせたり恐怖を感じさせたりすることが目的なのであって、そういうものだと理解した上で観て怯えるなんて愚の骨頂だ。そんなものを怖がる連中の気が知れない」
「……」
「……」
「……」

はっとしたフェルナンドは、三人の視線が一斉に自分に向いていることに気が付いた。
柚と焔が顔を見合わせ、真面目な顔をしたライアンズがごくりと喉を鳴らしてフェルナンドに訊ねる。

「お前、怖いの?」
「ば!馬鹿な事を言うな!何を馬鹿な。本当に馬鹿だな君は。僕がそんな非現実的なものを恐れると?」
「馬鹿が多い」
「動揺してる」
「よーし、これにしようぜ野郎共!」
「うん、そうだな」
「まあしょーがねぇか」

淡々と告げる柚と焔と、パッケージを開けてディスクをセットするライアンズに、フェルナンドが目に見えて取り乱し始めた。

「ちょっ!?待て、君達さっきまで反対してただろ!」
「うん、けどフェルナンドの反応が面白そうだから」

柚が凛々しさすら感じる力強い笑みと共に、さらりと血も涙もない言葉を返す。
あまりにも堂々と言い放たれた言葉に、さすがのフェルナンドも閉口した。

柚が自分の部屋から持ってきていたクッションをテレビの前に並べ、コップに飲み物を注いで並べていく。
いち早く右端に座ると、隣のクッションを叩いてフェルナンドに座るように促す。

さらにその隣にはにやにやとした面持ちのライアンズが、立ち尽くすフェルナンドの肩を抱くようにして座り、左端には無言で焔が腰を下ろした。
ライアンズは強制的に座らされて固まっているフェルナンドの顔を見ながら、再生ボタンを押して声を掛ける。

「ま、怖くないんだろ?だったらいいんじゃねぇ?」
「お前等本当、鬼だよな……」

そういいつつ、ご丁寧に部屋の電気を消す焔。

「えー、鬼?何が?柚分かんなーい」
「ライアンもわかんなーい」
「やめろよお前等、気色悪ぃ……」

「あはははは」と笑い声を上げる三人に挟まれながら、フェルナンドは彼等を今までで一番憎らしいと感じていた。



深夜を過ぎた頃、部屋の中に響く笑い声は次第に控え目なものへと変わり始めていた。

コメディー映画を見ながら、柚とライアンズが笑っている。
焔の笑い声も稀に交じるが、何処か眠そうな虚ろな目をしていた。

全てを見終えたわけではないが、観ていたコメディー映画が終わる頃には焔が床に眠っており、柚も目を擦っている。
ライアンズはそんな二人に視線を向け、座ったまま大きく背伸びをして床に寝転ぶと、頭の後ろで腕を組んだ。

「おい、ここで寝るなよ」
「わーってるって」

ライアンズはフェルナンドの言葉を笑い飛ばすと、ぼんやりと控え目に青く光る部屋の明かりを見上げた。

「こういう風にゆっくりしたの、すげえ久しぶりに感じる」
「……」
「いやさ、これって元帥なりの俺達への気遣いだったのかなって思うんだよな」

気持ちがよさそうに閉じられた瞼と、薄く笑みを浮かべる口元。
語り掛ける相手を間違っているのではないかと思うほど、ライアンズは常日頃いがみ合っている自分に、自然に話掛けてくる。

「彼にそんな気遣いがあると?第一、何を気遣うというやら」
「そりゃあ、将官がいなくなって俺達に負担を負わせてるって負い目でも感じてんじゃねぇのかな。こうでもすりゃ、強制的に暫くは仕事よりも訓練だろ?ガス抜きさせてくれてんじゃねぇーかな。ま、オーストラリアの連中のせいでなんとも複雑な休暇になっちまったけど」
「……」
「またお前のこと怒らせるかもしんねぇけど、お前最近、すげえピリピリしてたよな」
「なんのことだか」
「元帥はさ、そういうの見てないようで、最近結構見てるんだぜ?」
「……君は、彼を買いかぶり過ぎていると思うよ」
「そうかもなー」

ライアンズはカラカラと笑う。
その声はまどろむように溶けていく。

「寝るなら自分達の部屋に戻れといっただろ」
「ああ、ちょっとなー」
「放り出すぞ。宮、手伝え!」

立ち上がったフェルナンドだが返事がなく、背中を向けて動かない柚の静かな呼吸だけが聞こえてくる。
柚はつい先程まで起きていたはずだ。

隣では、ライアンズの寝息が耳触りに聞こえてくる。

再び視線を柚へと戻し、フェルナンドはわざとらしいほどにため息を漏らした。

(気遣いというなら、宮の気遣いが一番余計だ)

寝たふりをする柚の隣に座り直し、フェルナンドはテレビを消す。
部屋が完全に闇に落ちた瞬間、フェルナンドは一番最初に観た映画を思い出してはっとする。

「宮。おい起きてるんだろ、あんなものを観せたくせに、無責任に僕を残して寝るな!」
「もう寝た」
「喋ってるじゃないか!」
「これは寝言です」
「嘘つけ!いいから起きろ!」
「やだよ、眠いの。部屋明るくしといていいから、一人で起きててよ。おやすみ」
「絶っ対に、眠らせないからな!!」

あまりの煩さに目を覚ましつつも、柚を引き摺り起すフェルナンドに気付かれたら道連れにされると察したライアンズと焔は、息を殺してやり過ごした。





朝日がまぶしいと感じた翌日。

ライアンズは滅多に入った経験のない教室の机の前でため息を漏らしていた。

「あー、勉強なんてかったりー」
「そう言うな。復習だと思って聞いとけ」

教科書を手にするジョージは、机に顎を乗せて項垂れるライアンズに笑う。

「お前には教えてやれなかったからな」
「はは、あとちょっと若ければ危なかったっすよね」
「ああ、本当に危なかった。こいつ等を教えてると、お前がここに来たのが十九でよかったとつくづく思うよ」
「きょうかーん、それどういう意味ですかね」
「君が馬鹿だという意味だろう」

引き攣った笑みをジョージに向けるライアンズに、フェルナンドが腕を組んだままさらりと告げる。
ライアンズの頬がぴくりと引き攣り、フェルナンドを睨み返す。

ライアンズが何かを言い掛けるよりも早く、真剣な面持ちをした柚がキッとライアンズとフェルナンドを睨み付けた。

「二人とも、講義の邪魔するな」
「!?」

柚が文句を言うと、これでもかと言うほどに驚きに目を見開いたジョージを始め、ライアンズとフェルナンドが柚の顔を見る。
ジョージはおろおろと、柚の額に手を当てた。

「柚、どうした?熱か?それとも午前の訓練で頭でも打ったのか?はっ!ま、まさか、何かとんでもないことやらかしたんじゃないだろうな!だったら今の内に自首しろ、俺も元帥に便宜を図ってやるから、な?」
「教官……私、教官の優しさに涙が出そう」

日頃ジョージがどういう目で自分を見ているのか、分かり過ぎるくらいによく分かった気がする。
青褪めながら捲くし立てるジョージに、柚は目元を拭った。

すると、フェルナンドが自分で持ち込んだ本に視線を落としたまま淡々と告げる。

「昨日、少し予習をさせたんですよ」
「そ、そうだったのか。お前が教えてやったのか?」
「ええ」
「そりゃあ助かる。よかったな、柚」

ジョージがにこにこと柚に笑みを向けるが、柚は死んだ魚のような目をして「ふっ」と鼻で笑い飛ばす。

「全くもって良くないですよ。フェルナンドが諸事情により怖くて眠れなかったから、私まで巻き込んで徹夜しただけなんですぅー」
「宮!?君!大体そもそも君達が映画――はっ、いや、はは、宮は冗談が上手いな」

声を荒げ掛けたフェルナンドが、ぎこちない笑みを浮かべて乾いた笑い声を漏らした。
それはそれで不気味ではあったが、ライアンズと焔が顔を背けて必死に笑いを堪えている。

(昨日部屋に集まって何をやってたか知らんが……)

なんにせよ、馬が合わないライアンズとフェルナンドの間に流れる空気がいつもよりも穏やかな気がした。

ジョージは、二人が力を合わせれば互いに足りない部分を補い合うことになり、良いパートナーになると日頃から思っている。
だが残念なことに、二人は顔を合わせれば嫌味の応酬ばかりだ。

(信じたくはないが、あながち研究班が言っていたことが的外れとは言えないかもしれんな)

ジョージは柚に視線を向ける。





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