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「私は治癒の力があるので、よろしければ治療をさせてください」
「親切な方だね。迷惑ついでに、折角だからお願いすればいいんじゃないかな?」

赤い髪の男が、童顔で愛嬌のある顔に穏やかな笑みを浮かべる。
そんな男に、エドゥはたじろいだ一瞥を投げた。

「あ、いや、たいした事はないんだが……申し訳ないです、驚かせてしまって」

男は落ち着きを取り戻し、自分の行動を反省するように、申し訳なさそうにしている。
そんな態度をみれば、恐ろしい印象だった男の印象があっさりと変わってしまう。

男の傷に手を翳しながら、ヨハネスは遠慮がちに口を開いた。

「多分、私達もあなた方と思いは同じですよ。ただ個人的に、先程の方々の態度は不謹慎ですが、あれくらいリラックス出来る余裕が持てることは羨ましいです。私は戦闘向きの力ではないですし、こうして皆さんの帰りを待つことしか出来ませんが、もう十分に緊張してしまって……」

もともと浅い傷ではあったが、避けた皮膚がみるみる修復されていく。
数分も経たないうちに、傷は跡形もなく消え去った。

エドゥは感心したように自分の手を見詰めている。

「一人でいると、どうしても考えが良くない方に進んでしまうんですよね。そちらの方も含めて、人質にされた三人が元気に戻ってきてくれれば何もいうことはないんですけど」

ヨハネスの睫毛が影を落とす。
だがそんな憂いを眼鏡の下に隠し、「終わりましたよ」と声を掛ける。

「白状すると俺……セシルのことで頭がいっぱいで、あなた方の気持ちまで考える余裕がなくて、本当に申し訳ない」
「……」

ヨハネスは顔をあげ、数回目を瞬かせた。

「それは当たり前のことですよ。うちの元帥もピリピリしてますし、フランも焔君も、そんな元帥に連れて行ってくれって頼み込んだんですよ?心臓に悪いったらないですよ。ハーデスなんていつ勝手に基地を飛び出すかこっちがハラハラしてましたし……ああ、すみません。変な話しちゃって」

男は「いえ」と、苦笑を浮かべる。
すると、濃紺の髪の小柄な青年が遠慮がちに呟いた。

「先日お見掛けした際も今日も、デーヴァ元帥はとても落ち着いてらしたように感じましたが」
「ええ、そうでしょう?でも分かるんですよ、仲間ですから……」

ほんの少し前ならば、仲間と言って怒られないだろうかと思っただろう言葉も、今は僅かな遠慮とともに出る。

苦笑を浮かべるヨハネスの前で目を瞬かせ、青年はエドゥを見上げた。
すると、エドゥはばつが悪そうに頬を掻く。

「あの、あー、デーヴァ元帥に……いや、やっぱり自分で言うんで。アジアのお二人も無事に救出して来きます。それじゃあ、有難うございました」

自分よりも一回りほど年上だろうか。
毅然とした眼差しの中にある、人に対する尊敬の念――まるで太陽を感じさせる男だった。

男は明瞭な口調で告げると、小走りに去って行く。

「……お願いします」

暫し戦場に向かう者達の背中を見つめ、噛み締めるように瞼を閉ざすと、ヨハネスは祈るように呟いた。



軍靴が不揃いに歩を進める。

雲が月を覆い隠した。



以前は活気に満ち、栄えていた都市だったのだろう。

カジノや映画館など娯楽施設が立ち並び、砕けたショーウィンドウには裸にされたマネキンが転がっている。
そこら中のガラスは砕け、ひどい所は壁まで粉々だ。

爆弾が投下された地点に近ければ近いほどに、建物は無残な瓦礫だった。
その地点から円を描くように、建物はピサの斜塔のように一定の角度に傾いている。

アスファルトには巨大な亀裂が走り、倒れたビルが道を遮断していた。
そのビルは、劇場のような円形の建物の屋根に覆いかぶさっている。

人々に見放されたその場所は今、人知れず人々の熱気に包まれていた。

着飾った紳士淑女が思い思いの仮面で顔を隠し、拍手や歓声に沸く。
ステージの中央では、熾烈な戦いの末に商品という名の人間を落札した男が、誇らしげに観客達の声援に応えるように手を振り、書類にサインを施していた。

パンプレットを手にしたオークションの参加者達は、「まだか」「次か」と、落ち着かない様子でどよめき立てる。

そんな観客達を焦らすように、ステージの照明が消され、新しい"品物"が運び込まれた。

「さて、皆様!大変お待たせいたしました。本日最後の品物となります」

マイクを手にしたタキシードの男が、はりきって声を張り上げる。
司会者の男は妙に誇らしげに、食い入るように見詰めている参加者達の顔を見回した。

勿体ぶる司会者に、参加者達が身を乗り出して固唾を呑む。

「今や使徒といえばこの人!春節の舞でその名を世界に知らしめた、アジア帝國唯一の女使徒にして、女性初のスローンズ階級を持つ少女!」

会場の巨大なモニターには、体に響くような銅鑼の音がモニターのステレオから溢れる。
モニターの中では水と共に華やかな少女が舞い始めた。

一部の参加者が立ち上がり、会場には火をつけたかのようにどよめきと歓声が広がる。

「ご自身で楽しまれても良し!すでに使徒をお持ちの方は、交配させて子供を産ませても良し!」

司会者の声がマイクを通して会場に広がった。
白い手袋を嵌めた手が、ステージの中央に向かい美しく伸ばされた。

暗かったステージには、眩いほどの照明が一斉に中央を照らし出す。

人一人の身長ほどある筒状のガラスケースの中には、両手を頭上で一纏めにされた少女が吊られ、人形のように立っている。

輝くプラチナピンクの髪は、少女らしい華やかさと柔らかい印象を与え、人目を惹き付けた。
ほどけた波打つ髪の間からは、奇形型と呼ばれる尖り気味の耳が顔を出す。
微かに長い睫毛が揺れ、その下からは宝石のように鮮やかに澄んだ赤い瞳が姿を現した。

瞳は虚ろに彷徨い、ゆっくりと瞬きを繰り返す。

「アジアの国宝、宮 柚!」

会場のどよめきが興奮した歓声へと変わった。

一斉に灯された照明に目を眩ませた柚の瞳に、仮面で顔を隠した人々の顔が映る。
百人程度だろうか……椅子に腰を据えながらも、まるで子供のようにはしゃいでいるように見えた。

入札が開始されると同時、巨大な電光掲示板の金額の何度も書き換えられていく。

柚は指先に力を込めてみた。
薬を打たれた直後には動きもしなかった指先が、鈍く反応を返す。

(まずい……寝てたのか?フョードルとセシルはどうなった?)

柚は重い頭を起こし、視線を彷徨わせた。

その瞬間、柚は顔を上げて目を見開く。
会場全体を揺さぶるような爆音が地の底から響き渡った。

電気が掻き消され、司会者がステージから転げ落ち、椅子に座っていた者達が椅子と共に床に倒れ、悲鳴を飛び交う。
ガラスケースがぐらぐらと揺れて倒れこむ。

両腕の手錠を吊っていたフックが外れ、柚はガラスケースの中で体を打ち付けた。

「ぅ……」

小さなうめき声が漏れるが、麻酔のせいか痛みは感じない。

(今の音は……?)

仲間と見知らぬ気配が近くに複数ある。
電磁波発生装置の気配が消えていた。

(焔とフラン!)

安堵が重なり、肩から力が抜ける。

(それから――)

会場の中央にある観音開きのドアの外から、銃撃の音が響いてきた。
柚は身を捩り、必死に顔を起こす。

僅かに閉ざされたドアの先から光が漏れる。

「アスラ!」

柚は叫んだ。

だが、ドアが開かれようとした瞬間、柚は口を塞がれ、体がガラスケースの中から引き摺り出される。

黒いスーツの男達は、ファルコに急かされながら柚の体を脇に抱えた。
急かすファルコの後ろで、青褪めたニコラが叫ぶ。

「グランパ!そんなのいいから早く!」
「馬鹿を言うな!お前はさっさと奴等の足止めをしろ!」

ファルコがオークションの参加者達を置いて逸早く逃げ出す。
柚を抱えた男達も慌しくその後に続こうとする。

その時、ニコラが青褪めて振り返った。

ステージのそでから、刀を構えた焔が一直線に突っ込んでくる。

「柚!」
「焔!」
「グランパ!」

三人の使徒の声が重なった。





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