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柚は、自分が捕らわれたのだと悟った。
視界は布のようなもので閉ざされていたが、周囲自体が暗い。
微かな振動を感じ、何かで移動していることはわかった。
微かにずれた目隠しから、少し離れた位置に白い軍服に赤のラインが走る軍服の裾が見える。
仲間が一緒であることに、柚は少し心強さを感じた。
(明議員はどうなった?明議員はまだしも、私達はなんで捕まったんだ?私達を捕まえて何のメリットがある?もしかして人質交換が目的?それはまずい。その前に、こいつ等は何者だ?)
柚はもぞもぞと体を捩る。
手首には冷たい手錠らしきものが嵌められていることに気付いた。
(軍人って様子でもなかったな、けど素人ではない。明議員は一体、誰に何の恨みを買ったらこんなことになるんだ?)
考えを放棄し、柚は小さくため息を漏らす。
体力が完全に回復していないらしく、体が酷くだるかった。
振動が止まると、何かを外すような音と共に、外からドアが開け放たれる。
光が差し込み、ずれた目隠しの下で柚は目を細めた。
注意深く、中に乗り込んできた男達の人数を探る。
もし明が人質に捕られているならば、下手に抵抗すべきではない。
今は慎重に、自分が置かれた状況を探ることが先決だ。
が……
「おい。見ろよ、こいつもう怪我が治ってるぜ」
「すげぇ!本当、化け物だな」
柚が気を失っていると思っている男達は、柚のスカートを捲り上げてまじまじと観察を始めた。
柚の中で何かが音を立てて切れ、先程の考えは何処へやら……柚は男達に襲い掛かった。
「レディーの足に気安く触れるな、変態がァ!?」
サングラスの割れる音と頭を打ち付ける鈍い音と共に、男の一人が軽く吹き飛び、顔を押さえて地面を転がりまわる。
(や、やってしまった……)
焔のことを言えない短気さを反省しながら、柚は地面に片膝をついた。
サングラスの破片で切れた額から血を流れる。
柚は目隠しを手で剥ぎ取り、投げ捨てた。
(一、二、三……一人は手負い)
「ぎゃー!こいつ起きてやがる!!」
「大人しそうな面してなんだ、この凶暴女!?ニコラ呼んで来い、早く!」
一人がバタバタと逃げるように戻って行く。
(応援を呼ばれたら不味い!早くこいつを抑えて、何処かに隠れるしかないな)
銃を取り出そうとする男の脛を滑り込むように蹴りつけ、柚は倒れた男の体に跨る。
「焔、いつまで寝てる!さっさと起きろ!」
後ろに向かって叫んだ瞬間。
柚は顔色を変え、口を手で押さえて蹲った。
男は不審そうに柚を見上げる。
「な、何だ?おい、どうした?」
「何、これ……目が回る、気持ち悪い、し、死ぬ」
すると、先程逃げた男に連れられ、青年が姿を現す。
「貧血だよ……あれだけ血を流したんだから、大人しくしておいた方が君のためだよ。どの道、その体じゃ逃げられない」
顔色を悪くして、すっかり大人しく座り込んでいる柚を見やり、チョコレート色の髪をした使徒の青年は静かに告げる。
柚はニコラと呼ばれていた青年に一瞥を投げたが、もはや言い返す気力もない。
「お前達は何者だ?明議員はどうした」
「僕の口からは答えられない。さ、立って」
青年が柚の腕を掴んで立たせると、仲間に柚を引き渡す。
そこはすでに、建物の中だった。
地下の倉庫のような場所で、木箱が積み上げられている。
むさ苦しい黒いスーツの男達に、古びた作業用のようなエレベータに乗せられた。
先程柚に頭突きを浴びせかけられた男や、脛に蹴りを喰らった男達が、腹の虫が収まらない様子でこちらを睨んでいる。
「とんでもねぇ女だ。使徒の女ってのは、皆こうなのか?買ったばかりのサングラスが粉々だ」
「ふんっ、少しは男前になったじゃないか」
柚は鼻で笑い飛ばした。
周囲からどっと笑い声が漏れる。
男が顔を引き攣らせ、今にも殴り掛かってきそうな形相でこちらを睨み付けた。
「てめえ、売り物だからってあんまりいい気になってんじゃねぇぞ!」
柚は眉を顰めて黙り込んだ。
(売り物……?まさかこいつら、いや、でも……)
考え込む柚の胸倉を男が掴んで引き寄せる。
「急に黙り込んでビビってんのか?泣いて謝るなら許してやっても――」
「いやっ、恐い!ごめんなさい、やめて許して――なんて、言うと思ったかハゲが!貴様が泣いて謝れ、ハゲ!」
「ぐふっ」
エレベータの外で待機していたニコラ達は、開いたドアに目をやった。
その瞬間、男の巨体がゆっくりと崩れるように廊下に倒れ込んでくる。
待機していた男達が、ぎょっとした面持ちで思わず一歩足を引く。
エレベータの中では、肩で呼吸をしながらも仁王立ちする柚の足元に数名男達が転がり、残った男達が怯えたように壁に張り付いていた。
「ふん、今日はこれくらいで勘弁してやる。次からは気をつけるんだな」
唾を吐きそうな険悪な顔付きで吐き捨て、自らエレベータを降りる柚に、ニコラが額に手を当ててため息を漏らす。
「女の子相手に何をやってるんだよ、情けないな」
「あ、あの女、詐欺だ……」
サングラスを割られたスキンヘッドの男が、今にも死にそうな面持ちで返した。
エレベータから降りると、まるで遺跡のように古びた螺旋階段が続く。
靴音のみがやけに響き、陰湿な空気が底から湧いてくるように感じた。
やっと階段を下り終えると、そこはいくつもの壁と鉄格子に遮られた牢が並んでいる。
骸骨などが入っていたりするのだろうかと、柚が想像力を働かせながら歩を鈍らせていると、男に腕をつかまれ引き摺られた。
文句を言う柚を、先に仲間を押し込んだ一番奥の牢の中へと押し込んだ。
転びそうになったところを踏みとどまり、柚は手錠をされたまま、鉄格子に両手で掴み掛かる。
「いっ――たいだろうがッ!女の子は丁寧に扱えって教わんなかったのか!ハゲ頭!」
「うるせぇ、どの口が女の子とか言いやがる!!」
満身創痍の男達は、猛獣が檻に入ったことで安心したのか、ここぞとばかりに怒鳴り返してきた。
すると、野次が飛び交う中、男達の足音とは違う足音が響いた。
柚が眉を顰めながら、男を睨み据える。
「やれやれ、目が覚めた途端に煩くて敵わん。威勢がいいお嬢さんだ」
「……なんだ貴様は」
男は、他の男達よりも明らかに年老いており、纏う雰囲気も違っていた。
足が悪いのか、それともふくよかな体を支えきれないのか、初老の男は杖で体を支えている。
男は口元ににやりと厭らしい笑みを浮かべた。
「ワーナー・デ・ファルコ、と言えばご理解いただけるかな?気の強いお嬢さん」
白い歯の奥で、金歯が光る。
(ワーナー・デ・ファルコ?じゃあやっぱりこいつ等は、皆が追ってた双頭じゃないか。作戦はもう始まってるはずだぞ、なんでそいつ等が……作戦は失敗したってことか?)
柚は不機嫌に鼻を鳴らし、意地で皮肉めいた笑みを浮かべ返した。
「私を攫ったのが運の尽きだな。貴様等全員捕まるぞ」
「今の内に吠えておけ、化け物の牝め」
さすがと言うべきか、ワーナーが動じもせずに鼻で笑い飛ばし、柚を濁った青い瞳が見下ろす。
ニコラは彼を護る様に、緊張した面持ちで柚を見ている。
目が合うと、彼はまるで罪を感じているかのように、柚から目を逸らした。
ワーナーは顎を撫で、部下に命じる。
「餌は水以外与えるな。弱らせて体力を削っておけ」
「ふざけんな!三食デザート付きで出せ!」
びくともしない鉄格子をガタガタと鳴らしながら、柚が踵を返すワーナーに怒鳴り返した。
ワーナーは振り返りもせず、ニコラに何やら話し掛けながら去って行く。
遠ざかっていく足音に罵声を浴びせ終えると、柚は苛立つ気持ちを鉄格子にぶつけて蹴り飛ばす。
途端に骨が痺れ、涙を呑んで冷たい石畳にどかりと腰を下ろした。
「ああ、腹立つ!焔もなんとか言ってやれ!」
「あ、あの。大変申し上げにくいのですが……」
そこで初めて隣人の顔を見た柚は、思わず目を疑う。
「私、フョードルです」
心底申し訳なさそうに名乗るフョードルと、固まる柚。
つい最近、何処かで体験した出来事だった。
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