26


慌しい食堂の中、廊下側の席にいつものメンバーが座り込んでいた。
柚とフョードルが隣に座り、向かいの席に座っている焔と共に、のんびりとした雰囲気をかもし出しながら、朝食に手を付けようとしている。

「あー、やべぇ!遅刻するー!」

軍服に片そでを通した状態のライアンズが、ユリアを引き摺るようにして食堂に駆け込んできた。

「寝坊?」
「ちげぇよ!髪に変な寝癖が付いてて、直すのに時間くっただけだっつーの!こいつはこいつでいつも以上に起きねぇし!」

隣で寝息を立てているユリアに気付き、ライアンズは頭を掻き毟りながらユリアを揺さぶる。

彼等は今日から、一週間ほど基地を空ける予定だ。
彼等だけではない、基地に残るのは柚達の四人を始め、ジョージ・アンジェ・ライラの七名のみとなる。

「だから早めに起きてくださいって言ったでしょう!もう、皆待っていますよ」

呼びに来たヨハネスとハーデスが、ライアンズに半眼を向けた。

「柚、行ってくるね」
「うん、皆気をつけて」

柚に歩み寄ったハーデスを見上げ、柚は軽く手を振る。
嬉しそうに手を振り返すと、ハーデスは一人で先に行ってしまう。

「ああ!頼みの綱のハーデスに置いてかれた!?」

ライアンズは頭を抱えて絶叫した。

パンに手を伸ばそうとした柚から素早くパンを奪い、ライアンズが口に銜え込む。
柚が悲鳴を上げてライアンズが銜えるパンに手を伸ばすが、柚の手よりも長いライアンズの手が柚の頭を軽々と押し返した。

柚のパンを奪いもくもくと食べる傍ら、ヨハネスが文句を言いながらライアンズとユリアの軍服を襟を止めている。
さながら母親の姿だ。

「そういや、お前等も今日から俺達の任務の代役か」
「ええ。そちらも大変でしょうが、こちらも忙しくなりそうです」

諦めて焔のパンを奪ってやけ食いする柚の隣で、フランツが苦笑を浮かべてライアンズに返す。

ライアンズは口の周りに付いたパン屑を舐め取ると、「ふぅん」と小さく呟きを漏らした。
その視線は、奥で揉めている柚と焔に釘付けだ。

二人が中央に置かれたサラダドレッシングに手を伸ばした瞬間、互いの指先が触れる。
途端に二人は耳まで赤く染まり、ばつが悪そうに慌てて手を引っ込めた。

「わ、悪い。先使えよ」
「う、ううん。焔こそ」

ライアンズが見たこともないしかめっ面と青筋を立て、フランツにこそりと話し掛ける。

「おい、なんだありゃ。朝っぱらから胸糞悪ィ……何処の中学生カップルだ?あァ、舐めてんのか?」
「やめてくださいよ、もてない男の僻みみたいですよ。とはいえ昨日からあの調子なんです、なんとかしてくださいよ」
「あいつ等、絶対何かあったよな……」

げんなりとしたフランツを他所に、ライアンズは何処か楽しげだ。
すると、ライアンズの肩に圧し掛かるようにユリアが腕を回した。

「君みたいのを、無粋って言うんだね」

ユリアは興味も薄く淡々と吐き捨てる。
すると、ライアンズも淡々とした面持ちでぴしりと指を立てた。

「焔が押し倒したに一票」
「賭けないから。でも周りの態度で柚がなんとなく気付いたに一票」
「周りって……そんなヘマをやらかしそうなのは元帥かフラン辺りか」
「君に五票」
「俺かよ。けど、俺のせいなら相談に乗るしかないか、そうか」
「とかなんとか言って、ライアンのは単なる野次馬根性に十票」
「大正解」
「おい、こら。さっきから、聞こえてんぞ」

ライアンズの後ろから、青筋を立てた焔が二人を睨み下ろす。
ヨハネスが額に手を当て、「あなた達は……」と呆れ気味に呟きを漏らした。

振り返ったライアンズは、忽然と姿を消した柚に気付き、焔の首に腕を回して抱き込む。

「柚は?」
「さっき、教官に呼び出されて出てっただろ。それに気付かないほど、随分楽しそうだったじゃねぇか」
「俺はお前等を心配してだな」
「楽しんでるに百票」
「ユリア君、またまた大正解」
「っー!それはもういいっ!時間ねぇんだろ、さっさと行けよ!」

先程の寝ぼけ眼は何処へやら、澄ました面持ちで告げるユリアとライアンズの二人に、焔の怒号が飛ぶ早朝……

代役として回ってきた任務は、安全かつ簡単な内容のものばかりではあったが、柚達はぐったりとした様子で夜の食堂に集まっていた。

「疲れたぁ……」

柚は食堂のテーブルに伏せ、弱々しい声を漏らす。

「柚と焔は何の任務でしたっけ?」
「訓練の後、午前中が湖底の遺跡調査の手伝いで、湖を二つに割って十戒を実演してきた。しかも三時間ずっとだぞ?信じられる?」
「それはそれは、ご苦労様でした」
「午後は陸軍と対使徒戦闘用の演習で、その後、使徒の気配がないかの調査でいろいろ行かされた」

焔など、机に伏せたままぴくりとも動かない。
任務数の少ないフョードルは、申し訳なさそうに三人の話を聞いている。

「ライアン達、もう着いてるよな」
「そうですね。ライアンとフェルナンドはアフリカの方でしたっけ?」
「いえ、アメリカですよ」

フランツの言葉に、フョードルが訂正を入れた。

「今回アフリカは協力を見送ったと聞いています」
「ああ、そうでしたね。もともと協調性のない国でしたしね」
「協調性はどの国にも欠けていると私は思うのですが、フランツ殿はどうお考えですか?ぜひご意見をお聞かせ願いたいです」
「え?そうですね……。僕が思うに、今まで何かと競い合ってきたアメリカとユーラシアが、今回の協力体制を――って、柚?焔?」

フョードルと他国の動向について語り合うフランツの隣で、柚と焔が机に伏せ、寝息を立て始めている。

「ちょっと、寝ないでください?起きてくださいよ。これからあなた達も報告書書かなきゃならないんですからね?」

フランツが困り果てた面持ちで二人の肩を揺さぶった。
フョードルが深いため息を漏らす。

「任務の少なかった私がいうのもなんですが……一週間、この状態が続くのでしょうか」
「そうですね。さすがにこの任務数はきつい……」

いつもは柚や焔に行儀が悪いと注意をするフランツも、机の上に項垂れる。

すると、肩を揉みながら廊下を歩くジョージが、食堂にいる四人に気付いて顔を覗かせた。

「お疲れさん。さすがにバテてるな?」

フランツとフョードルが苦笑を浮かべ、いつから起きていたのか、柚がへなへなと手を上げて返す。
「今日はゆっくり休め」と言いつつ、ジョージは申し訳なさそうに告げる。

「食い終わったらでいいが、後で明日の任務について話があるから来てくれ」

辛うじて上げられていた柚の手が、力尽きたようにばたりと倒れた。

それから二十分後、執務室に四人が入ると、ジョージは四人にソファを勧める。
四人が座ると、一番端に座ったフランツから順に、任務内容が記された資料を手渡した。

フランツは資料を捲り、任務内容に目を通した途端、無言で顔に緊張を浮かべる。

「実は今日、厄介なことに、(ミョン)議員のもとに匿名の脅迫状が届いたらしい」
「え?脅迫状?」

柚が眉を顰めた。

「明日の演説会を中止しなければ、演説会を妨害するという内容だ。安全の為にも明日の演説会の中止を薦めたが、選挙も近く今が大切な時期なんだと言って聞く耳を持たんどころか、怒鳴り返してきた」

不機嫌なジョージが、脅迫状のコピーを机の上に投げ捨てる。

それを手に取った焔は、軽く目を通してコピーを机に戻す。
横から覗き込んだ柚が、「サスペンスドラマでよく見るやつだ」と暢気に呟いた。

「で、俺達が護衛すんのか?」
「お前達には荷が重いとは伝えたが、政府要人の護衛は我々の仕事だ。そして最悪な事に、柚、お前にご指名だ」
「私?一人で?」
「行かせられると思うか?」

ジョージの問い返しに、柚は首を横に振る。

「まあ、お前が来るとなれば宣伝にもなり、人が集まることを見込んでのことだろうが……ただでさえ脅迫状が届いている中、人が集まればそれだけ危険が増すというのに、無謀極まりない」
「でもどうせ皆出払ってるし、中止しないなら行くしかないだろ」

当然のように行く気の焔が告げると、ジョージが焔をじろりと睨み上げた。
ジョージが長い溜め息を漏らす。

「いかにも。要請された以上、こちらから断る事は出来ん。何故よりにもよってお前等しか残ってないんだろうな……まともなのはフランツだけだ」
「は?」

名前を出されたフランツが、びくりと肩を揺らし、はっとした面持ちで顔をあげた。

「すみません、聞いていませんでした」
「おいおい、しっかりしてくれ」
「申し訳ありません……」

呆れるジョージに、フランツが覇気のない面持ちで小さく頭を下げる。
柚はそんなフランツを横目で見やり、視線を床へと落とした。

「とにかく、今回の任務は指揮をフランツとし、お前達四人に任せる」
「ま、待ってください!僕、サポートはありますけど、こんな大勢の人命に関わる任務の指揮なんてしたこと――」
「何を甘ったれた事を言っているんだ。誰にだって最初はある」

厳しい口調で告げたジョージが、励ますように軽くフランツの肩を叩く。
押したら倒れてしまいそうなフランツに、さすがのジョージも眉を顰めたくなる。

「まあ、脅迫なんてもんは大半が脅しだけで終わるもんだ。焔と柚も大分任務には慣れてきているし、フョードルはこの二人以上に真面目で安心な逸材だ。人間の犯行であれば我々が出る幕もないまま警察や警備側が片付ける。普段通りにやれば滞りなく終わる任務だ、気負わずにやれ」
「……はい」

フランツが行き詰っていることには気付いていた。
だからこそ、今回の任務がフランツの自信に繋がればいいと願っている。

柚達三人を先に退室させると、ジョージは不安気なフランツに声を掛けた。

「あまり不安な顔をするな。お前がその調子じゃあ、あいつ等まで不安になるだろ」
「……はい」

頼りない返事にジョージから溜め息が漏れる。
何気ないため息が、フランツには自分を責めるように聞こえてならなかった。





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