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たっぷりと説教を受けた五人の前で、笑い疲れたガルーダが呼吸困難に陥っていた。
「笑い事じゃありませんよ、全く。大事に至らなかったからよかったものの、この子達は体が弱いんですからね」
二人が眠る医務室のベッドから離れ、ヨハネスが眼鏡を押し上げて文句を言う。
「ごめんなさい」と、柚が項垂れて謝罪を口にした。
その隣では、あまりのショックに焔が塞ぎ込んでいる。
「焔の顔見てぶっ倒れるくらいじゃ全然駄目だな」
ガルーダが、今は落ち着いて眠っている子供の頬を指で突付く。
マシュマロのような弾力が気に入ったのか、その感触を楽しんでいるガルーダを他所に、子供は魘されていた。
ニエという、もうすぐ七歳になる少年だ。
意思の強そうな紺色の瞳をしており、ひよこのような髪色をしている。
もう一人は、三歳になったばかりのウラノス
赤み掛かった茶色の髪と大きな黒い瞳をした少年だった。
「その体を治す為にここにいるんです。悪化させてどうするんですか」
「うぅ、もう許して〜……」
長時間正座をさせられ、足が痺れた柚が床に倒れ込む。
双子もすでに限界に達し、ぷるぷると震えている。
ガルーダは、一番隅で青褪めているキースの肩を叩いた。
「災難だったね。君はもう戻っていいよ、ご苦労さま」
「は、はぁ……」
キースが、覗き込んでいた一般部隊の仲間達に引き取られていく。
ガルーダは腰に手を当て、ベッドに前に正座をする四人を見下ろした。
「さて、悪気はなかった事だし、君等ももう戻っていいよ」
ガルーダが柚達に告げると、柚が慌てて顔をあげる。
「目を覚ますまで居てもいいかな。びっくりさせちゃったし、出来れば看病したい……」
「いいですよ。でも、機材にはあまり触れないようにお願いしますよ」
支部の医師があっさりと許可を下す。
部屋に戻ったガルーダとヨハネスを見送り、柚は簡易ベッドに腰を下ろし、膝を抱えた。
その後ろでは、落ち込んでいる焔がベッドに寝転び、背中から哀愁を漂わせている。
「はやく元気にならないかな」
ウラノスの寝顔を見詰め、アンジェが心配そうに呟きを漏らした。
その隣から、ライラがウラノスの顔を覗き込んだ。
「こんなに体が弱いんじゃ、不便だろうね……」
「うん、遊びたい盛りなのにな」
膝を抱えたまま、柚が呟く。
アンジェがウラノスの寝顔を見詰め、俯いた。
同様にウラノスの寝顔を見下ろし、ライラの睫毛が影を落とす。
ベッドで眠る二人の子供は、平均年齢よりも成長が遅いように感じた。
「なんとかしてあげたいな……」
アンジェがしゅんとした面持ちで呟きを漏らす。
柚は思いついたように医師からハサミと数枚の紙を受け取り、机の上で紙を折り始めた。
紙が折れる音が静かな部屋に響く。
不思議そうに柚の手元を覗き込んでいた双子の前で、一羽の折り鶴が翼を広げた。
「わー、柚お姉ちゃんって器用なんだね。これなぁに?」
「折り鶴って言うんだ。これがクチバシで、これが羽に見えるだろう?」
「本当だ!」
アンジェが無邪気に目を輝かせる。
柚は嬉しそうに笑みを浮かべ、アンジェの掌に折鶴を乗せた。
「私たちのいた地域では昔、病気回復とかの願いを込めて千羽の鶴を折って贈るっていう風習があったんだってさ。本当は、もっといろんな色で折るんだけど」
早くも二羽目の鶴を折ると、柚は鶴を光に翳して目を細める。
「ニエとウラノスと、まだ保育器にいる赤ちゃん達が元気でありますように……ってね」
「僕も折りたい!」
アンジェが机に乗り上げるように身を乗り出し、柚を見上げた。
ハサミで紙を正方形に整えながら、柚はおっとりとした微笑みと共に頷く。
すると、ライラが溜め息を漏らした。
「しょうがないな、二人で千羽なんて無理だろうし……手伝うよ」
「ライラ!ありがとう」
アンジェが嬉しそうにライラに抱きつく。
そんな仲の良い兄弟を見守りながら、柚は反対を向いて座っている焔の背中に凭れ掛かった。
「もちろん、焔もやるよな?」
「よく言うぜ。どーせ、俺には拒否権なんてないんだろ」
「よく分かってらっしゃる」
「言っとくが、俺は折り鶴なんて折ったことねぇからな」
「はいはい」
柚の手の中で、また一羽、鶴が羽を広げる。
白いコピー用紙やいらない紙で折られた鶴は味気ないが、子供達の関心は釘付けだ。
時を忘れて鶴を折っていると、目を冷ましたニエとウラノスがベッドから這い出してきた。
謝罪と共に、「仲良くなりたかっただけなんだ」と伝えると、ニエはウラノスと共に折り鶴に加わった。
自分達も赤ちゃんの為に折りたいと言う二人に、アンジェとライラが鶴の折り方を教える。
ニエとウラノスとすっかり打ち溶けた頃には、ライラ以上にアンジェが子供達に嬉しそうに接していた。
ライラの方がしっかりしている為、アンジェの方が弟に見られがちだ。
二人に懐かれ、二人の前では自分でもしっかり"お兄さん"になれることが嬉しいらしい。
途中、医務室に運んでもらった夕飯をとり、気が付けば本来の消灯時間を過ぎていた。
「ああ、やっぱり寝ちゃった」
柚は寄り添って眠っているニエとウラノスを見やり、小声で呟きを漏らす。
起こさないようにそっとウラノスを抱き上げると、ベッドに寝かせて布団を掛けた。
同様に、隣のベッドにニエを寝かせた焔は、うとうとと舟をこいでいるアンジェを見て溜め息を漏らす。
「お前等ももう寝ろ」
「ううん、大丈夫。いっぱい折って、早く元気になって欲しいんだもん……」
半分眠っていたアンジェが、眠気を振り払うように首を横に振った。
隣で黙々と鶴を折るライラも目が据わり、めっきり口数が減っている。
「ライラも顔が怖いよ。ほら、ちゃんとベッドで……うっ、さすがに重い」
ライラを抱き上げようとした柚が顔を引き攣らせた。
焔がライラを小脇に抱きかかえ、簡易ベッドに乗せる。
柚もアンジェを促してライラと一緒のベッドに寝せると、布団を掛けて二人の前髪をかき上げた。
「また明日、頑張ろう?ね?」
「……うん」
「おやすみ、アンジェ、ライラ」
柚は二人の額におやすみのキスを贈り、部屋の明かりを少しだけ暗くする。
移動で疲れていたのだろう。
すぐに、二人の寝息が聞こえてきた。
子供達の寝顔を見詰め、柚は小さく微笑みを漏らす。
「焔も寝ていいよ」
「別に……まだ眠くねぇし。お前こそ寝ろよ」
焔は床に座りなおすと、肩を回してから再び鶴を折り始めた。
「私もまだ眠くないから、もう少し頑張ろうかな」
膝を折り、柚は静かに床に腰を下ろす。
ライラが折った鶴を掌に取り、柚は薄暗くした部屋の照明に鶴を翳した。
しっかり者のライラが折った鶴は、一番綺麗な形をしている。
そんな折鶴を見上げて目を細める柚は、とても優しい顔をしていた。
いつもは男勝りな彼女が、ふとした瞬間、無意識に見せる無防備な微笑みだ。
それは何よりも儚く、何よりも心を乱す。
吸い寄せられるように、その横顔を見詰めてしまう。
すると、柚がきょとんとした面持ちで振り返り、首を傾げた。
「何?」
「な、なんでもない……」
焔は慌てて折り掛けの鶴に視線を落とし、羽を広げる。
その瞬間、勢いあまり、鶴はビリッという音を立てて引き裂かれた。
「な、何やってんだよ……不吉な」
「くそっ……」
焔は顔を手で覆い、心の中で誰のせいだと吐き捨てた。
子供達の寝息が聞こえてくる夜、時計の針は日付の変更を告げる。
それは、久しぶりにする夜更かしだ。
翌朝、焔はうなされて目を覚ました。
―NEXT―