13


「中を見てくる、まだ犯人がいるかもしれない」
「私も行く」
「分かった。あんたは残っている人達に無線で報告をしてくれ。とりあえず敵がいないか確認出来るまで、こっちには来させるな。こいつをやった奴がまだいたら、足手纏いになる」

焔はキースに振り返り、冷静に告げる。

不謹慎ながら、前を歩き出す焔の背中を見て、柚は頬を緩ませた。
焔は柚に、危ないから付いてくるなとは言わない、一般兵を足手纏いと言っても柚を足手纏いとは言わない。

村の大きな通りを歩きながら、救助を求めている人がいないか声をあげて歩いた。

だが、辺りから返るのは不気味な静寂だ。
時々、レンガの崩れ落ちる音が響き、柚はびくりと飛び上がった。

崩れ掛けた家のひとつを見やり、柚は玄関から中へと続いて行く血痕に目を止める。
柚は息を呑み、恐る恐る足を踏み入れた。

屋根が崩れ、天井から薄暗い光が射す。
たんぱく質の焼ける臭いと、血生臭い臭気が足を躊躇わせていた。

その下に積み上げられた瓦礫から、一本の黒焦げた棒のようなものが生えている。
それが焼けた人の手だと気付くまでに時間を要した。

救いを求めるように、崩れた屋根の瓦礫から生えている人の手であったもの。
すでに指は炭となり、手から転げ落ちていた。

目を逸らしても、一度見てしまったものは目に焼き付いて離れない。
そんな柚の視線が、再び自分が辿ってきた血痕を捉えた。

血痕は、次第に引き摺るように広がり、その先に赤黒い血の池が広がっている。
その中に、投げ出すように人の足があった。

「焔!」

柚が青褪め、焔を呼び寄せる。

その声を聞きつけた焔と、村の外で報告をしていたキースが慌てて駆けつけた。

崩れた家に飛び込み、真っ先に目に付くのはやはり瓦礫の山だ。
炭になった腕に目を奪われていた焔とキースは、柚の指す方へと視線を向けて息を呑む。

煤けた食器棚に、血の手形がくっきりと残され、その下に背中から血を流して倒れる老婆がいた。
血の池に沈む老婆の苦悶の表情は、近付くことすら躊躇わせる。

柚と焔が動けずにいると、さすがというべきか――死体の処理に慣れているキースが老婆に歩み寄り、膝を折って傷に視線を落とした。

「解剖しないと正確なことは分かりませんが、死因はこの背中の傷だと思います。多分鋭利な……刃物による傷ですね。服は所々黒くなっていますが、全く焦げてない。これは、後から煤が付着したんだと思います」
「ってことは、この人は火事になったとき此処にいなかったか何かで、戻ってきてから……襲われた?」

やっとの思いで老婆に近付いた柚が、口元を押さえて呟く。

その時、近くで何かの落ちる音に、三人ははっと顔をあげた。

外に出ると、一人の青褪めた少年が足元に荷物を落とし、愕然とした面持ちで立ち尽くしている。
少年は三人に気付き、体を戦慄かせた。

「お前等か!」

少年の声が響き渡り、木霊する。
少年は怒りを露わに声を震わせた。

「お前等が、村の人たちを殺したのか!」
「「!」」

柚と焔は驚きに目を見開く。

自分達が疑われたことにではない、彼の怒りに同調するように、少年の体を薄いオーラのようなものが包んでいる。
使徒同士にしか見えない気配だ。

気付いていないキースが慌てて少年を宥めようと弁解を始めたが、柚は身を乗り出した。

「下がれ!」

叫びながら、柚はキースを後ろに突き飛ばして右手を翳す。
頬を嫌な汗が伝い落ちた。

村全体を覆いつくすように、爆音が空気を震撼させる。
少年の放った衝撃波が瓦礫を吹き飛ばし、熱波が走り抜けた。
雪が溶け、水蒸気がもうもうと立ち込める中、少年を中心として抉れた大地が、衝撃の凄まじさを物語っている。

水の結界を張ってもなお吹き飛ばされた柚と焔は、目に痛みを感じてうめき声を漏らした。

目の奥に強い痛みがある。
辺りが白に染まっているかのようで、完全に視界が麻痺していた。

「焔、大丈夫か?」
「くそ、目をやられたっ」

焔も苛立ったように呟き、刀を地面に突き立てる。
目が麻痺した途端、まっすぐ立つことすら心もとない。

「だ、大丈夫ですか?」
「キースこそ怪我は?なんともないか?」

おろおろとしたキースに、目を押さえた柚が尋ねた。

「はい。眩しかったけど、自分はお二人の後ろにいたので」
「なら、村の外まで行ってろ。邪魔だ」

強引に瞼を起こしながら、焔が吐き捨てる。
キースは何度も頷き、慌てて村の外に走り出す。

先程の少年が使徒であることは明白だ。

目が使えない今、相手が使徒であるならば、まだ戦闘になっても対処法がある。
相手の気配を辿ればいいのだが……焔にとっては苦手分野だ。

「またこのパターンかよ」

焔は苦々しく吐き捨てた。
柚は注意深く少年の気配がある方へと顔を向けながら、口を開く。

「気配を捜すのは私の方が得意だ。ここはこの私に任せて焔は下がってろ」
「いや、お前こそ下がってろ」
「いやいや、焔が下がれ」
「いやいやいや、お前が……」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ!」

遠くからキースが叫んだ。

二人が一斉にその場から飛び退く。
光の筋が地面を焼き貫いた。

攻撃をかわして地面に足を付いた柚が瓦礫に突っ込んで倒れこみ、激しい音を立てる。
その隙にと走りだした焔が、崩れたレンガにつまずいて勢い良く地面に滑り込んだ。

「ちょっ、何?いたた……あ!いや、別に転んでないぞ!」
「うっぐ――お、俺だって、今の音は転んだ音じゃないからな!」

起き上がるなり慌てて弁解をする二人を、キースは不安そうに見守った。

だが、少年はそうはいかない。
溢れる力を必死に操ろうと苦悩していた。

まだあどけなさを残す少年は、小さな呻き声を漏らしながら頭を抱え込む。
噛み締めた唇から血が滲んだ。

「よくも、村の人達をっ……なんでこんな酷いことが出来るんだ!!」

憎しみに燃える瞳が柚と焔を睨み据える。

その表情こそ見えないが、柚には少年が溢れ出す自分の力の手綱を握ったことが感じ取れた。
少年を包むオーラが波打つように揺れ、枝が生えるように光の筋が溢れ出す。

「この状況で動くとろくなことがないな」

柚は苦々しく呟き、地面に右手を付いた。
地下に流れる地下水の振動が、応えるような掌に返る。

地下水は地表を突き破り、勢い良く吹き上げた水が柚の体に巻き付く。

白に染まる視界の中、はっきりと捕らえられる焔の気配が近くにある。
その先に、不安定な少年の気配があった。

気配の塊から枝のように派生した少年の力の塊が、鋭く圧縮された力を一斉に放出させる。
水が柚と焔に向けられた攻撃を受け止め、柚は閉ざした瞼の下で神経を尖らせた。

遠くからその様子を見ているキースからは、まるで流れ星が大量に降り注ぐかのような光景だった。

光の矢が雨のように襲い掛かってくる。
柚は自分が張った水の結界への手応えを感じながら、足で地面を叩いた。

足元から力を流し込み、少年が立つ地面の周囲から水を噴出させる。
噴出した水が縄のように形を変えて少年を捕らえようとした瞬間、それは少年に触れる前に沸騰して消えた。

「え?」
「何だ?」

驚きの声をあげる柚に、焔がいぶかしみ振り返る。

焔は痛みが引いてきた目頭を押した。
まだ完全に視力が戻ってきたわけではないが、おぼろげに何かがあるということだけは分かる。

柚が張っている水の結界を、今だ矢のように眩いものが打ち付けていた。
その度に結界が波紋を描き、今にも壊れそうで心もとない。

「あいつに触れようとした水が蒸発した」
「さっきのことといい、炎属性か?」
「いや、もっと違う感じ――そうか、光を操ってるんだ」

瞼を起こした柚が、納得したように呟いた。

「で、どうするんだ?」
「何をだ?」

目を擦りながら、焔は肩を回す。

「あいつ、神森じゃないだろ……でも、村の人達を殺したのが私達だって思ってる」
「話を聞きそうな状態じゃねぇだろ」

焔は、柚の言いたいことを理解しながらも素っ気なく告げる。

このまま力で彼を押さえつけて基地に連れ帰れば、それは自分達がされたことと同じ……
焔が"アスラ・デーヴァ"を嫌いになった第一の理由はそれだ。

嫌な事を思い出したと、焔は苦い面持ちになった。

すると、柚は焔の顔を覗き込むようにして言い辛そうに告げる。

「うん。でも、なんとか誤解を解いて、ちょっと……」
「どーせお前は、話し合いたいとか言い出すんだろ」
「う、うん……だって、せめて少しでも心の準備とか、えーっと……」

柚の言葉が終わらぬうちに、焔が足を踏み出した。
慌てて焔を説得しようとする柚の言葉を遮るように、焔は素っ気なく口を開く。

「とりあえず少しあいつの頭を冷やさせるぞ。その後は、お前の好きにしろ」

柚がゆっくりと焔の横顔を見上げた。
「なんだよ」と言いたげな焔が横目で柚を見やる。

すると、柚は苦笑交じりに首を横に振った。

「……いや」

柚が呟いた瞬間、もろくなった水の結界を貫き、光筋が降り注ぐ。

焔の手足を掠め、柚が肩を貫かれる。
柚の自己治癒が肩の傷を回復させる為、内側から力を吸い上げて行く。

柚は痛みを叫びそうになる唇を噛み締め、意識を手元に集中させながら身を乗り出した。
水を操ろうとする力までをも強制的に吸い上げていく自己治癒の力に逆らい、柚は渾身の力を一撃に込める。

同時に、焔は少年に向けて炎を纏った刀を薙ぎ払った。

主を覆い尽くすように乗り込えた水と炎が絡み合い、まっすぐと少年に襲い掛かる。

青褪めた少年が飛びのくと、彼が立っていた場所を絡み合った水と炎が打ちつけ、飛沫を上げて散った。

地面に叩きつけられた水と炎は分裂し、散った炎が、礫のように少年を叩きつける。
腕で顔を覆って悲鳴を上げる少年を、柚の水が呑み込んだ。





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