21


(なんだ、これ……)

ライアンズは朝一に、げんなりとした面持ちで声なく呟いた。

空港で大統領達と落ち合う。
その後、警護の最終打ち合わせがある。

だが、空港に向うまでの車中で、アスラと柚は目すら合わせない。
かと思えば、焔と柚も何処となくぎこちない。

同行したライアンズとフランツは、息苦しさを感じながらも溜め息すら漏らせずにいた。

「な、なんだよ、あの二人。昨日以上に険悪な雰囲気だぞ?何事だ」
「まさか元帥、押し倒しちゃったとかじゃないでしょうね……」

ヒソヒソと言葉を交わすライアンズとフランツに、一人悠然としたユリアが口元に弧を描いた。

「そんな深刻な問題じゃないさ、僕からすればね」
「ユリア、原因知ってるんですか?」
「さぁ?」

頬杖を付き、くすりと嘲笑を浮かべる。
ライアンズとフランツは思わず顔を見合わせたが、それ以上を聞くつもりはない。

何かあれば、アスラはともかく柚が文句を言いながら暴れまわっていた筈だ。
言わないという事は、言う程のことではないか、言いたくないことなのだろう。

一人寝息を立てて熟睡しているガルーダと、全く気にも掛けずにガム風船を作っている玉裁が心底羨ましい。

空港や迎賓館周辺には、陸軍元帥"アドルフ・ゴルディヴァ"と、空軍元帥"ラサン・ダレー"の指示の元、厳重な警備が整えられている。
物々しい雰囲気の中、空港にはマスコミや野次馬による人だかりが出来ていた。

「うわ、凄い人……」

車を降りた柚は、圧倒された面持ちで思わず呟きを漏らす。

「口を開くな、笑われるぜ」

空を行き交う戦闘機を見上げたりしている柚を、ライアンズが小突いた。
慌てて口を閉じる柚に、ライアンズは腰に手を当てて溜め息を漏らす。

「出番なさそう」

先程まで熟睡していたガルーダが、つまらなそうに呟く。
「なくていいですよ」と、フランツが苦笑を浮かべた。

緑の軍服姿の軍人達の中、白い軍服は目立っていた。
正装姿のアスラとガルーダは呼び出され、陸軍側の秘書官と言葉を交わして戻ってくる。

「俺達の配置の発表するよ。まず、大統領を乗せた旅客機の到着を全員で迎えた後、移動と会談時、大統領の身辺警護にアスラと柚を残し、残りのメンバーは半径一.五キロのエリアに配置する」

柚は、心の中で苦々しい悲鳴をあげた。
ただでさえアスラと気まずいところに、追い討ちを掛ける様に大統領の護衛だ。

「その後は俺とライアンの指揮する二チーム別れて、建物周辺を交代で警護する。割振りはそうだなぁ……俺が焔、残りはライアンに譲っとこうか」
「了解っす」

ライアンズが頷く。
晴れない面持ちの柚に、フランツは同情の入り混じる眼差しで「頑張ってください」と声を掛ける。

無線で連絡を受けたアスラが一同を見回した。

「黄大統領がご到着だ。言うまでもないとは思うが、心してかかれ」
「了解」

敬礼と共に声が重なる。

公用車から杖を付いて降りた黄 太丁に、その場の空気が一気に引き締まった。
出迎えに整列する陸軍と空軍元帥の隣に立つアスラの若さは、際立って浮いて映る。

元帥達の後ろに並んで出迎える使徒に目を向け、黄が足を止めた。

「柚、焔」
「は?はい」

名前を呼ばれ、敬礼の姿勢をとっていた柚が緊張した面持ちで返す。
焔が眉を顰めた。

「きなさい」
「え?え?え……」

柚はガルーダの顔を見上げ、肩越しに振り返っているアスラを見やる。
アスラが、目で行けと二人に促した。

渋々前に出る柚に、黄は孫に向けるように笑みを向ける。

「体はもういいのか?」
「はい、お陰様で……」
「そうか。焔、君と会うのは初めてだったな」

焔は無言で黄を見上げた。
挑むような目に、黄は顎を撫でて満足そうに笑う。

「今日はよろしく頼むぞ」
「はい」

柚は緊張した面持ちで頷く。
黄に同行した議員のアンドレイ・イワノフが咳払いを挟むと、柚は思い出したように慌てて敬礼を付け加える。

黄は寛大に笑いながら、柚の前を通り過ぎた。
その後にアスラが続き、ぼうっとしている柚に振り返る。
柚は、はっとしながら慌ててその後に続く。

「おいおい、大丈夫かアレ」

玉裁が半眼で、ぼそり呟いた。

連絡が入り、程無くしてオーストラリア連邦の国章が描かれた青い航空機が空港に滑り込んでくる。
数名の陸軍兵が大統領の前に立ち、大統領の後ろに八名の使徒が並ぶ。

タラップが掛けられ、ハッチが開かれると、柚は緊張に固唾を呑んだ。

中から姿を現したオーストラリア連邦の首相は、黄よりも若い男だった。
柔和で腰が低そうな印象を受ける細身の男は、黄を見やり嬉しそうに目を細める。

その後ろに、男が二人続いて姿を現す。

口元で切り揃えられた髭が紳士的な四十代後半の男と、見事な銀の髪をしっぽのようにひとつに結わえた青年だった。
軍服のデザインは違えど、世界で統一されているアース・ピースの階級章が風に揺れる。

声こそ聞こえてこないものの、銀髪の男ははしゃぐように大袈裟なジェスチャーを交え、隣の男や首相に声を掛けていた。

タラップを降りたマシュー・クック連邦首相は、黄と握手を交わし軽い挨拶を交わす。
そして、自分が連れて来た二人の使徒へと振り返った。

「お互い、初めてお見掛けする顔がありますね。私の方からご紹介させていただきましょう」

クックが銀髪の青年へと顔を向ける。

「マーシャル・ラッド元帥。そして彼がカロウ・ヴ――我がオーストラリアのエースですよ」

紹介を受けた青年カロウ・ヴが、クックの後ろでそわそわとしていた。
黄がアスラへと視線を向ける。

「では、こちらも改めて。アスラ・デーヴァ元帥、ガルーダ尉官。あちらからライアンズ・ブリュール、孫 玉裁、ユリア・クリステヴァ、西並 焔、そして――…」
「柚!」

カロウ・ヴが、声をあげた。
柚は、思わずきょとんとした面持ちで目を丸くする。

「本物だ!ミス・柚!会いたかった!」
「!」

カロウ・ヴが、柚に抱き付こうと足を踏み出した。
クックが驚いて振り返る。

体を強張らせる柚を他所に、焔やライアンズ達が一斉に武器に手を掛けた。
アスラが柚の肩を掴み、自分の後ろへと押しやる。

それと同時、マーシャル・ラッドがカロウ・ヴの襟首を掴み、突進を食い止めた。

あまりにも唐突で一瞬の出来事に、周囲は何が起きたのか分からず、ぽかんとした面持ちで固まる。
柚への接触を禁じられた上での外交だ――皆の驚きが冷めれば、込み上げるのは怒りだろう。

静寂を破るように、マーシャルはアスラへと顔を向けた。

「大変失礼致しました」
「いえ」

マーシャルとアスラが淡々と言葉を交わす。

ガルーダはそんなやりとりと愉快そうに見やり、口元に弧を描く。
ライアンズとフランツが、ほっと肩から力を抜いた。

「尉官、暢気過ぎっすよ」
「殺気があれば動いてたさ」

小声でぼやくライアンズに、ガルーダは飄々と返す。

カロウ・ヴは、つまらなそうにマーシャルに振り返った。
柚がアスラの後ろからおずおずと顔を出すと、カロウ・ヴが手を振る。

「ちょっと挨拶しようとしただけじゃないっスかぁ」
「接触は禁じられていると言ったはずだ。ミス・宮、驚かせて申し訳ない」
「い、いえ……」

柚は慌てて首を横に振った。
マーシャルは、渋みのあるどっしりとした威厳に満ちている。

「ダンディなおじさまだぁ……」

柚はマーシャルの顔を見上げ、羨望の眼差しで呟きを漏らした。
アスラの咳払いにはっとしながら慌てて謝る柚に、マーシャルとカロウ・ヴは笑う。

「面白いお嬢さんですな、デーヴァ元帥」
「お恥ずかしい限りです」
「!?」

お前が言うかと言いたげに、柚がアスラの顔を睨みあげた。

短い挨拶を終えると、場所を移して会談が始まる。
ガルーダ達と別れ、外交用の謁見の間に通されたクックは、椅子に腰を下ろして一息を付く。

その間、熱心にちらちらと向けられるカロウ・ヴの眼差しに、柚は早くもげんなりとしていた。

クックは苦笑を浮かべ、黄に視線を向けて竦めるように片手を上げる。

「先程はカロウ・ヴが大変失礼を致しました。カロウ・ヴは彼女の大ファンでして。貴国から雑誌を取り寄せたり、写真をプリントアウトして持ち歩いているくらいなのですよ」
「首相!言っちゃだめっスよ!」

カロウ・ヴが、赤くなりながら口を尖らせた。
黄は、オーストラリア連邦側の様子に、笑みを浮かべながら茶を口元に運ぶ。

「すまんすまん」と、カロウ・ヴに苦笑を向けるクック
まるで、親しみのある関係であるかのようなやりとりも、妙に印象深く残る。

柚が思い掛けない言葉に頬を染めて黙り込んでいると、カロウ・ヴは頭の後ろで腕を組み、憂鬱そうに溜め息を漏らした。

「いいなぁーアジアは。柚と一緒に暮らせるなんて。オーストラリアなんてむさいおっさんばっかだし、僕もこっちに移ろっかな」

クックが、芝居掛かった仕草でぎょっとした面持ちになる。
黄は気持ちが良さそうに笑い声をあげた。

「カロウ・ヴ君だったね、面白いな」
「あはは、どーも」
「カロウ・ヴ、口を慎め」

頭を掻きながら黄に対して気安く返すカロウ・ヴを、慣れた様子でマーシャルが咎める。
クックは、溜め息を漏らしてハンカチで汗を拭った。

「全く……失礼。礼儀を知らん奴でして。研究所生れとはいえ、デーヴァ元帥とは雲泥の差ですな」
「いや、何。私は彼のような正直者は好きですぞ?」
「褒められちゃった」

カロウ・ヴが、照れたように笑う。
腰の後ろで手を組むマーシャルがじろりとカロウ・ヴを一瞥すると、今度は「怒られちゃった」と軽く舌を出す。

耐え切れず、柚はくすくすと笑い出した。

「柚」
「だって、この人おかしい」

咎めるアスラに、柚は必死に笑いを堪えながら返す。

「惚れそう?」
「惚れるかも」
「すげぇ、俺、初めて女の子にもてた!」

途端に、会談を始めようとした黄とクックの声を遮るように、カロウ・ヴが両手を挙げて歓喜の声をあげた。
思わずぎょっとする柚を他所に、マーシャルが慣れた様子で嗜める。

「カロウ・ヴ、任務に集中しろ」
「柚、お前もだ」

(とばっちり!?)

アスラに咎められた柚は、不貞腐れた面持ちで黙り込む。
だが、全く反省の様子がないのがカロウ・ヴだ。

「すみません、俺には話が難しすぎて退屈で」
「なんとまあ。二国を結ぶ重要な同盟の会談も、若者に掛かれば退屈か」

黄が声をあげて笑いだした。
部屋中に黄の豪快な笑い声が響く。

クックは呆れたように額を手で押さえた。

「全く、お前という奴は。だから、お前は連れてきたくなかったんだ。次は二度と連れて来ないからな」
「だって、どうしても柚に会いたかったんですよ!すみません、暫らく黙ってるんで!」

まるでおねだりをするように、カロウ・ヴは手を合わせて許しを請う。
無邪気なその姿に、柚は再び笑いを堪える破目になった。

それに気を良くしたのか、カロウ・ヴがマーシャルの隣から身を乗り出す。

「あ、そうだ。ついでに後で一緒に写真とか撮らせて欲しいなぁ、なんて。駄目?」
「え?えっと……」

柚がアスラを見上げ、黄を見やった。
黄は笑いながら、驚く程にあっさりと快く承諾してしまう。

「やった!」と大袈裟に喜ぶカロウ・ヴは、きっとオーストラリアの使徒達にとってムードメーカー的存在なのだろうと、柚は思った。

「どうだね、実物の柚君は」
「うん、めちゃくちゃ可愛いっス!でも……」

黄の問いに、カロウ・ヴが柚へと視線を向ける。
柚は目を瞬かせた。

カロウ・ヴは苦笑を浮かべる。

「想像してたのとは違うかな」

柚はむっとした。





NEXT