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ヨハネスは訓練を終えた双子の傷を癒しながら、医務室のテレビでワイドショーを見ていた。
その内容に思わずため息を漏れる。

『本日、デーヴァ元帥の護衛を努める予定にあった宮 柚さんに急遽代役が立った件に関していろいろな噂が飛び交っていますが、マスコミに対しアース・ピース側からの詳しい説明はなく、今のところもっとも有力な物として、妊娠説が囁かれています』

ため息を漏らしたヨハネスを、治療中のアンジェとソファに座っておやつを食べているライラが見上げてきた。
リモコンを手にするライラは、子供らしからぬ冷めた眼差しをテレビに向けて口を開く。

「で、実際どうなの?」
「そんなわけないじゃないですか。全く」

ヨハネスは、眼鏡を外してこめかみを押さえた。

アンジェの傷に当てていた掌を下ろし、「もういいですよ」と声を掛ける。
お礼を告げてライラの隣に戻っていくアンジェを見やりながら、ヨハネスは消毒液を片付けた。

「マスコミも暇だね」

炭酸飲料を飲みながら、ライラは鼻で笑い飛ばす。
目の前のおやつに手も付けないまま、アンジェは顔を曇らせて俯いた。

「柚お姉ちゃん、こんなに大騒ぎされたら嫌な思いするんじゃないかな……」
「そうですね」

柚を気遣うアンジェの頭を、ヨハネスはそっと撫でる。
ヨハネスがテレビを消そうとした時だ……

「そんなこと、気にしていられるか!」

勢い良くドアが開き、三人がびくりと飛び上がった。
勇ましく医務室に入ってきた柚が、ヨハネスに手を差し出す。

「先生、絆創膏ちょうだい?」
「は?あ、ああ、少し待ってくださいね」

その勢いに圧倒されるように目を丸くしたヨハネスが、納得したように頷いた。
散らかった棚から絆創膏の箱を取り出しながら、ヨハネスは肩越しに柚へと振り返る。

「また焔君ですか?」
「うん。医務室行けって言ったんだけど、来てないでしょ?」
「来てませんね」

ヨハネスは苦笑を浮かべた。

テレビの画面が変わり、アスラの母であるアルテナ・モンローが映る。

『わたくし共政府はデーヴァ元帥の強い要望もあり、純血使徒計画を見送ることを決定致しました。宮 柚さんは使徒の力に目覚めたばかりで、それが受胎にどう影響するかも分りません。同じ女性にはお分かり頂けるかと思いますが、不慣れな環境の中、子を宿し育むという不安と負担も大きいでしょう』

柚はそちらへと顔を向けた。

暫らくの間、何度も流された演説だ。
いい加減、セリフも仕草も頭に焼き付いていた。

『甘いと仰る方もおりましょうが、わたくしは我々人間の進化の希望である新たな種・使徒の未来を、一人の女として、何よりも母として、温かい目で見守りたいと思っています』

アルテナは、この演説を機に多くの女性から賛同を得て支持率を上げている。

アスラがアルテナと仲直りが出来たかは確かめていないが、何度かアルテナと二人で対面している様子はあった。

アルテナが理解してくれたのか、単に決定に従い、方向転換をしたのか……
どちらにせよ、さすがと言うべきか、転んでもただでは起きない女性の強かさを見せ付けられた気がした。

「私もこれくらい、強くならないとな……」

ぼそりと呟いた柚に、ヨハネスが首を傾げながら絆創膏の箱を差し出す。
柚が絆創膏の箱を受け取ると、ヨハネスは溜め息を漏らした。

「もうきりがないので箱ごと持って行っちゃってください」

渇いた笑みを漏らす柚に向けて目を細め、ヨハネスは口を開く。

「彼の様に無茶をするタイプには、気に掛けてくれる人がいることは幸せなことですよ」
「ああいうのにこそ、自己治癒があればいいのに」
「冗談じゃありませんよ。今以上に無茶をするに決まってます」
「そういえばそうだな」

笑う柚に、ヨハネスは「あなたのように」と釘を刺した。
柚の笑いがぴたりと止まる。

「人の心配をする前に自分の心配をしなさい」
「うっ……」
「グラゴールさんが、あなたが部屋に戻らないと心配して捜し回っていましたよ」
「え?あ……そっか」

アスラ達を見送ってから一度も部屋に戻っていない。
お昼も食べていないことを思い出した。

「一生懸命はいいことですが、自分を大切に出来ないようでは駄目ですよ」
「……うん」

諭すように告げられるヨハネスの言葉に、柚は静かに頷き返す。

すると、研究所のある西館のほうから微かにアナウンスの声が聞こえてくる。

ライラとアンジェが顔をあげた。
机の上の書類を揃えながら、ヨハネスが眼鏡を押し上げる。

「元帥がお戻りのようですね」

基地の外に出た使徒は、ウイルスの感染等、体に異常がないか検査を受けるようになっていた。
戻る連絡を受けると、研究所側の医療班は準備を始まる。

「出迎えに行こう?」

アンジェがライラに促した。
面倒臭そうに立ち上がるライラを見やり、柚は苦笑を浮かべる。

「柚お姉ちゃんは?」
「柚姉は部屋で休むんでしょ」

ライラが釘を刺すように一瞥を投げた。
柚は苦笑を浮かべ、腰の後ろで腕を組んだ。

「うん。その前にシェリーにごめんって言って、アスラとライアンにも有難うって言わなきゃな」

穏やかに笑みを浮べ、気合を入れるように柚は息を吸い込む。

「で、シェリー何処に行ったか分かる?」
「森の方ですよ」
「有難う。じゃあ、行ってくる」

柚は医務室の窓を開け、窓から顔を出す。

ふわりと吹き込む風に、柚は目を細めた。
その風の流れに逆らうように、窓から身を乗り出す。

空に向って飛び出した柚に、ヨハネスは苦笑を浮かべた。





シェリーに背を向けたまま、焔は眉を顰める。

自分に対し脅えた様子のシェリー
本来ならば、お互いに関わり合いになることのないタイプだ。

関わればろくな事がない気がした。

「用がないなら……」
「あ!あの、柚さん!」
「あァ?」
「を捜していて……まだお部屋に戻ってこられないので。何処かで見掛けませんでしたか」

シェリーは胸元で手を握り締め、俯く。

焔から溜め息が漏れた。
眉を顰め、刀を手に取り立ち上がる。

「んだよ、あいつ……」
(手間掛けてんじゃねぇよ)

施設の方へと歩き出した焔をシェリーが慌てて呼び止めると、焔が肩越しに振り返った。

「あんたはもう一回部屋見て来いよ。俺はあっち捜す」
「え?」
「なんだよ……」

きょとんとするシェリーに、焔が眉を顰めた。
シェリーは慌てて首を横に振り返す。

「ぁ……あの!」
「だからなんだよ」
「や、やっぱり、なんでもないです。ごめんなさい。お部屋見てきますね」

走り出したシェリーが、木の根に躓いて転び掛けた。
その体を焔が受け止めると、シェリーは目を見開き、慌てて体を離す。

「ご、ごめんなさい!」
「……別に」

シェリーが上擦った声をあげると、焔がふいっと顔を逸らした。
自分でも、思った以上に素っ気ない返事になってしまう。

すると、俯いてしまうシェリーに焔はぎょっとした。

その目尻に浮かんだ涙に、自分が泣かせたのだろうかと焦る。
焔は慌てて口を開いた。

「あ、いや、今のは!」
「ごめんなさい」

おろおろとする焔に、シェリーは指先でそっと涙を拭う。

「なっ、なんだよ。別に怒ったとかそういうんじゃねぇからな!俺は元々……」
「分ってます。本当にごめんなさい……柚さんが見付からなくて、私――」

焔は眉を顰めた。
俯いたシェリーは、思い詰めたように呟く。

「柚さんに避けられてるのかなって……」
「はぁ?」
「昨日、少し誤解を招くようなことがあって。だから……もしかしたらと。そう思うと悲しくて」

焔は唇を引き結ぶ。

シェリーに対し、厭きれにも似た感情が込み上げて来た。
そんなことで一々泣く女が苦手だ。

柚に苛立ちも感じる。
最初は自分から散々構うくせに、走り出すと周囲の気持ちが見えなくなるところが柚の欠点だと思う。

そうだ……
自分は、シェリーのようになりたくないのだ。

焔は溜め息と共に瞼を閉ざした。

「あいつも自分のことで手一杯なんだ。何があったか知らねぇけど、いきなりあんたの事を嫌いになるような奴じゃないと思うぜ」
「焔さん……」

シェリーが驚いたように顔をあげて、困ったように自分を見下している焔に気付き、小さくくすりと微笑みを漏らす。

心中は複雑だ。
一刻も早くこの場を離れたいというのに、何故柚のフォローなどしなければならないのか……

すると、焔は空に向けて顔をあげた。

「シェリー!」
「柚さん!」

柚が空を蹴り、シェリーの前に飛び降りてくる。
危ないと青褪めるシェリーを他所に、着地した柚はシェリーに抱きついた。

「ごめん!シェリーが私を捜してたって聞いて!」
「何処かで倒れていたらどうしようって、心配したんですよ?」
「本当にごめん、心配してくれて有難う」

体を離して微笑む柚に、シェリーは安堵したように微笑んで返す。

人騒がせな二人だ。
焔は、付き合いきれないとばかりに溜め息を漏らした。

「あ、焔。ちょうどいいや、ほら」

柚は遅れて焔に気付き、ポケットから絆創膏の入った小さな箱を取り出して放り投げる。
受け止めた焔に、柚は肩を竦めた。

「行ってないんだろ、医務室」
「うっ……」
「ヨハネス先生に絆創膏くれって言ったら、また焔君ですか?って言われちゃったぞ」
「……余計なお世話だ」

複雑そうに焔が口を尖らせる。

こっちだって、柚のフォローをしていたばかりなのだ。
少しは感謝して欲しい――とはいえ、気恥ずかしいので、出来ればシェリーには何もいわないで欲しいというのが本音でもある。

「仕方ないだろ、原因は私にもあるし」
「べ、別にお前の為にやったんじゃねぇよ!俺がムカついたから――」
「はいはい、後でちゃんと消毒もするように」
「聞けよ!」

二人のやり取りに、シェリーがくすくすと笑みを漏らす。
柚と焔は顔を見合わせ、ばつが悪そうにそっぽを向いた。

すると、遠くから柚を呼ぶアンジェとライラの声が聞こえてくる。
柚はそちらにすぐ行くと返し、空中に作った水の足場に足を掛けた。

思い出したように柚は焔に振り返る。

「アスラ達が戻ったんだ。出迎え、一緒に行く?」
「行くわけねぇだろ、なんで俺が」

盛大に顔を顰める焔に、柚が「だよなぁ」と苦笑染みた笑みを浮かべた。

「じゃあシェリー、ちょっと行ってくる。そうしたらちゃんと部屋に戻るから」
「え?あ、はぁ……」

きょとんとするシェリーを置いて、柚は軽やかに空を走り去って行く。
焔はポケットに手を突っ込み、踵を返した。

「だから言っただろ……くだらねぇ」
「ふふ、ですね。焔さんは、本当に柚さんのことをご存知なんですね」
「ちっ……そんなんじゃねぇよ」

焔は、不機嫌に顔を背ける。

歩き出した焔の背を見詰め、シェリーの顔から微笑みが消えてゆく。
シェリーは苦しそうに唇を引き結び、悲しみを堪えるように俯いた。





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