26


焔の体を電流が全身を貫いた。

「あ゛ぁァぁあああ!?」

針のように突き抜ける電流に、目の前が白く染まる。

ぐらりと体が傾き、音を立てて崩れ落ちる体から白い煙があがった。
立ち上がったハムサの足が、焔の肩の傷を踏み付ける。

受身すらとる事が出来ない。
全身の筋肉が硬直していた。

ハムサの周囲を青白い電流が音を立てて飛び交う。
翳された掌に、目が眩む雷が形を成して集う。

(体がっ……)

動かない。
起き上がらなければとあがく体は、虚しく指先が砂を掻く。

「死ねよ!」

焔に向けて振り下ろされる雷を纏った拳

ぱぁん……と、掌を合わせるような音が響き渡った。
空気を伝う振動は、波のように空気を震わせる。

"それ"は、ふわりとハムサの足元から広がった。

獲物に喰らい付く巨大生物の口のように、水が両側から雷ごとハムサの体を呑み込んだ。
暴れるハムサの口から、ごぽごぽと気泡が溢れる。

「焔!」

胸の前で両手を合わせたまま、柚が焔に駆け寄った。
片膝を付いて焔の隣に座った柚が、ハムサの方へと視線を向ける。

焔は水の中で暴れるハムサを見上げ、大きく息を吐いた。

「作るのに苦労したんだぞ。それは純水だ、純水は電気を通さない。捕まえたぞ、ハムサ」

水の中で、ハムサの顔が怒りに染まっていく。
だが、ハムサは自分に言い聞かせるように落ち着きを取り戻し、口端が不気味に弧を描いた。

胸の前で握り締められた柚の手が、内側から押し返されそうになっていく。
必死に力を込めてハムサを水の中に押し留めようとする柚の指が、弾かれるように離れた。

「っ――!?」

水が飛び散る。
柚は目を見開き、愕然とした面持ちでハムサを見上げた。

濡れた足が大地を踏む。

唖然とした面持ちでハムサを見上げる柚と焔に、ハムサは見下げた眼差しを向け、濡れた髪を掻き上げた。

「冗談だろ?二人掛かりで本当にこの程度か?」

ハムサの足が、だんっと地面を踏みつける。
足元が放電した。

はっとした面持ちで柚が地面を蹴り、焔の襟首を掴んで空に逃れようとする。
その両肩を、幾千の針で叩き付けるような雷の衝撃が襲った。

「う゛……!」

視界がぐらりと揺れる。
肩が痺れ、意識が揺らぐ。

「柚!」

地面に倒れこんだ柚に駆け寄り、焔が叫んだ。

「あーあ。アッチの連中を相手にしてた方がまだマシだったな」

ハムサが退屈そうに、廃ビルの方へと視線を向ける。

「くっ!」

焔が唇を噛み、鉄パイプを拾い上げて構えた。
ハムサが口端を吊り上げ、電流を纏った手を振り翳す。

焔が翳した指先から炎が迸った。
球体と化した炎が弾丸のようにハムサに襲い掛かると、ハムサも同様に手を翳し、炎を内側から粉砕する。

ハムサが焔の懐に飛び込む。
庇うように構えた鉄パイプを軍靴の靴底が蹴りあげ、回し蹴りが焔の横腹を撃ち付けた。

地面に滑るように倒れこんだ焔の手をハムサの足が踏み付け、ハムサは焔が落とした鉄パイプを拾い上げる。
空に向け、真っ直ぐと振り上げられたパイプが太陽の光を眩く反射させた。

その瞬間、ハムサの体がドクンと跳ね上る。

パイプを握る指がぎしぎしと軋みながら、ゆっくりと開かれていく。
音を立て、地面に転がり落ちる鉄パイプと、頬を伝い落ちる汗

まるで何かに乗っ取られたかのように硬直して動かない体に、ハムサが目を見開いた。

地面に倒れ込んだままだった柚が、痛む体を起こしながら、ぎこちなく口端を吊り上げる。

「さっきの純水は、お前に飲ませる為だ」
「な、にィ……?」

ハムサの体が軋みをあげ、内側から支配する力に抗おうとした。

「人間の細胞には沢山の水が使われているらしいからな。焔が時間を稼いでくれている間に何度か試したが、やっぱりお前の体内の水は操れなかったよ。だからお前に直接水を飲ませて、お前の体内に私の気で練り上げた"操れる水"を送ってやった」

ハムサが奥歯を噛み締め、柚を怒りの眼で睨み付ける。

その足を、焔の手が掴んだ。
ハムサが、はっとした面持ちで眼球を焔に向ける。

焔が筋肉の引き攣る顔に、皮肉めいた笑みを浮かべた。

「体内の"水"を沸騰させたらどうなるだろーな、ブラコン野郎」

ハムサの心臓がドクンと脈打つ。

掌から追うのは、ハムサの体内を流れる柚の気配
そしてじりじりと焦がすは己の内から湧き出す、炎

「ぁ、あ、あ゛ぁぁあああ!?」

断末魔のような絶叫が、大気を震わせるように響き渡った。
ハムサが体を抱きこむようにして倒れ込み、地面を転がり回る。

柚が思わず顔を逸らしそうになり、思い止まった。
これで終わって欲しい――でないと……

二人は緊張に体を強張らせ、ハムサを見守る。

暫く地面をのた打ち回っていたハムサが、事切れたように静かになった。

今度は、別の緊張が二人を包みこんだ。

「し、死んだ……のか?」
「いや……生きてる」

焔は安堵を浮かべ、地面に腰を落とした。

「勝った……」
「ほ、本当に?」

よろよろと焔の隣に歩み寄った柚が、信じられないと言いたげな面持ちでへたりと座りこむ。

焔も、すでに限界だった。
これ以上は戦えない。

勝ったと認識した途端、全身に痛みが走る。
意識が遠のくかのような激痛に、焔と柚は深くため息を漏らした。

「も、もう駄目……一歩も歩けない」
「お前はまだ自己治癒があるだろいいだろ。あぁ、くそっ……しゃべっただけで全身が軋む。痛てぇ」
「私も……気が抜けたら、なんだか眠気が」

地面に倒れ込むハムサの指がぴくりと揺れる。
白い眼球が、ぐるりと動き回った。

「てめぇ、等ァ……!」

地を這うような低い声が響く。

二人の背がビクリと跳ね上がった。
恐怖と緊張に呼吸が止まる。

恐る恐る……ハムサに視線を向けた瞬間、鋭い眼光が獲物を捕えた。

「ぶっ殺すッ!?」
「柚!」

焔が柚の腕を掴み、腕の中に抱き込む。
髪が引き千切られるのではないかと思うような衝撃に呑み込まれ、熱が喉を焦がす。
髪が焦げる嫌な匂いが鼻孔を突いた。

頭がぐらぐらと揺れ、体が痺れ、目が回る。

「ぅ……ほむ、ら?」

柚は凭れ掛かる焔の重みに眉を顰めた。

頬にぽたりと赤い雫が落ちる。
柚は目を見開き、息を呑んだ。

「焔!!」

血走った目を眇め、ハムサが焔を蹴り飛ばした。
ハムサは焔に手を伸ばそうとした柚の髪を掴み、力任せに引き起こす。

「いっ!」
「やめ、ろっ……」

焔がハムサの足を掴む。
ハムサはあっさりと振り払い、焔の頭を踏み付けた。

「貴様!」

睨み付けた柚を、ハムサが地面に叩きつける。
ハムサはナイフを抜いた。

「っ……」
「うっかり殺さないようにしねぇとなァ!」

振り上げられたナイフに、柚は顔を逸らしぎゅっと瞼を閉ざす。

その瞬間、ナイフが弾け飛ぶ。

回転しながら地面に突き刺さる凶器と、目の前を覆いつくす広い背中
柚と焔は、ゆるりと目を見開いた。

流れる金髪が、太陽の光に溶け込む。
翳される手が、空気を変えた。

ハムサの足が地面を離れ、瓦礫の山に吹き飛ばされる。

長いコートが靡き、透き通る水色の瞳が肩越しに振り返った。
目が合った柚は、考えるよりも先にその名を口走る。

「アス……ラ」

信じられない思いで、柚は小さくその名を呟いた。
アスラは何も言わずに視線を元に戻す。

アスラの周囲を雷が囲み込んだ。
金髪が静電気を帯び、ふわりと靡く。

ゆっくりとした瞬きから明けた瞳が、鋭さを帯びた。

アスラが手を翳す。

広げられた長い指が、ぐっと握り込まれる。
それと同時、アスラを囲んでいた雷は燻ぶり、白い煙を残して跡形もなく消失した。

「不愉快だ」
「……は?」

柚は目を瞬かせる。
アスラは前を向いたまま、落とした視線をハムサに向けた。

「殺すぞ」

柚は思わずゾクリと震え上がる。

アスラの周囲をオーラが包んで弾けた。
足元から砂塵が舞い上がり、アスラの周囲を風のように揺らす。

肌をビリビリと震撼させる怒気
柚は呆気に取られた面持ちで、アスラの背中を見詰めた。





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