21


ぽんっと肩を叩かれ、柚は飛び上がり悲鳴をあげそうになった。
その口を慌ててライアンズが塞ぐ。

「柚、ライアンですよ」
「び、びっくりしたー。危うく教官直伝の急所蹴りをお見舞いしそうになった」
「思い留まってくれてよかったよ」

ライアンズが指を鳴らし、柚とフランツにげんこつを落とす。
二人は頭を抱え、涙目でその場に蹲った。

「勝手に行動するなと、何回言えば分るんだ!あァ?そして焔の奴は何処に行きやがった」
「あ、焔?焔は途中ではぐれた」
「あァ、くそっ!こんな時に仕事を増やすな!?」

ライアンズが髪を掻き毟る勢いで雄叫びをあげる。
フランツが、「敵に気付かれますよ」と渇いた笑みを向けた。

誰のせいだと怒鳴り掛かるライアンズの背後に、ふっと人の気配が降り注ぐ。

「やっと追い付いた」

ハーデスとユリアが瓦礫の陰から音もなく姿を現し、廃ビルを見上げる。

「ここら辺まで来ると、結構電磁波が強い」
「え?何?電磁波?」

ハーデスの言葉に、柚が眉を顰めて説明を求めた。
ライアンズが溜め息を漏らす。

「覚えとけ。これは一般には極秘にされていることだが、使徒は特殊な電磁波と相性が悪い」
「テロは電磁波発生装置を使って、俺達の力を無力化しようとしてきます」
「じゃあ、ユリアが身代わりになる作戦は使えないじゃないか」

柚はますます眉を顰めた。

「電磁波発生装置には純度ってものがあるんだ。純度が高いほどより範囲・威力共に強力だがコストも掛かる。つまり、"エデン"クラスのテロ組織じゃなきゃ手に入らないって事だ」
「今回アルカディアが使っている装置の範囲は、せいぜいビルの中。安物か紛い物だ。この程度なら完全に俺達の力を消すことなんて出来ないね」

ライアンズが説明をしながら肩を竦める。
ユリアが目を細め、不敵に笑みを浮かべた。

ハーデスが大鎌に凭れ、何処か楽しんでいるかのように口元に弧を描く。

「それよりでしょ。焔はまぁ、放っておいてもなんとかなるだろうけど、問題は柚」
「神森がいるからアスラがなんとしても連れ帰れってさ」

ハーデスが思い出したように柚に顔を向けた。

柚が口を尖らせ、後ずさる。
その背が、背後に立つライアンズにぶつかり、襟首を捕まれた。

「捕獲完了、と。よし、ハーデス置いて来い」
「うん」
「お願い!絶対邪魔しないから!」

ハーデスに引き渡そうとするライアンズに、柚が暴れる。
すると、ライアンズが真面目な顔で怒声を上げた。

「今でも十分邪魔だ!フラン、お前もだ。こういう時に冷静さを欠いてどうする」

フランツがびくりと肩を揺らし、しゅんとした面持ちで俯いた。

「さっきの奴は神森の数字持ちだ。そこ等辺の雑魚とはワケが違うんだ。こっちは作戦途中だってのに、神森からお前を護りながら人質の救出なんて出来るか!」
「人質の無事を願うなら、まず君が大人しくしていることだね。少なからず、アスラとイカロスの傍にいればハムサじゃ手も出せないだろうし」

ユリアが告げると、柚は泣き出しそうな面持ちで俯く。

「……ごめんなさい。わかった」

言葉無く……ライアンズの手がくしゃりと柚の頭を撫でた。
ライアンズが柚に背を向け、耳元の無線で司令部に通信を繋ぐ。

「こちらブリュール。西並 焔は見失いましたが、宮 柚を確保しました。これよりハーデスにそちらまで送らせます。ハーデスが戻り次第、予定通り作戦に――」
「えっ、いいよ!一人で戻れる」

慌ててライアンズに訴える柚を、ライアンズの手が押しのけた。
ライアンズの眉間に、いぶかしむ様な皺が寄る。

その様子に柚のみならずフランツが眉を顰め、ユリアとハーデスが戸惑ったように返事を返しているライアンズを見据えた。
ライアンズがインカムから手を放し、ゆっくりと顔をあげる。

「どうしたの?」
「イカロス将官が……コイツをそのまま連れて行けと」
「はァ?」

ユリアは不愉快そうに眉を吊り上げた。
幾分、声が低くなる。

ライアンズも戸惑ったように頬に爪を立てた。

「なんで急にそんなリスクの高い真似を……?」
「あっちが安全でなくなるような何かあったとか」

ハーデスがぼそりと呟く。

「それか柚を戻す時間もないほどの何かが……もしかして人質に――何かあったとか!」

はっとした面持ちで、青褪めたフランツが告げる。
連鎖反応のように柚が青褪め、肩が震えだした。

ライアンズがぎょっとする。

「気持ちは分かるがマイナスに考えるな!よーし、わかった、今すぐ行くぞ!そしてお前は絶対に俺から離れるな、いいな?」
「ヘタレ」
「ぅ、うるさい!とにかく行くぞ」

ぼそりと呟くユリアをどやしながら、柚とフランツの背を押して走り出すライアンズ
ユリアとハーデスは顔を見合わせ、眉を顰めた。

瓦礫は折り重なり、まるでトンネルのような空洞が道を造っている。
瓦礫の間を駆け抜けると、廃ビルに凭れ掛かるように倒れたビルの残骸

何処が入り口か分らないが、犯人グループの数名が周囲を見張っている。

割れた窓ガラスが太陽の光を反射させていた。
傾いたビルは黒く煤け、表面を蔦が覆っている。

瓦礫の上に一人、少女がゆっくりと立ち上がった。
白い軍服を纏った少女は、プラチナピンクの髪を風に揺らし、気だるげに顔をあげた。

見張りが少女に気付き、銃口を向ける。

「止まれ、両手をあげろ!」

ガラスのない窓から顔を出した犯人達も、一斉に少女に銃口を向けた。
少女は両手を上げ、犯人を睨み返す。

「宮 柚だな?」

少女は無言で頷き返した。

犯人達が、柚の母親・弥生を連れて窓から顔を出す。

「柚!来ちゃ駄目!逃げなさい、柚!」

瓦礫の上に立つ少女の姿を見咎めた弥生は、身を乗り出して悲痛に叫んだ。
銃を突き付けられた弥生の声が、空虚に響き渡る。

互いにこんな再会など望んでいない。
弥生は出てきたことを責めるように、青褪めた顔に涙を浮かべた。

「下手な動きをしてみろ。刺し違えても殺すぞ」

犯人達が廃ビルからゾロゾロと姿を現し、たった一人の少女を囲み銃口を向ける。
犯人の一人が少女の後ろ手に手錠を掛け、目を布で覆った。

銃口を突き付けられ、ビルの中に連れ込まれていく。

「作戦第一段階、成功」

ライアンズが瓦礫の山に身を潜めたまま、ぼそりと呟いた。

「別に何か動きがあったって感じでもないな。神森も見当たらない」
「もう一回、司令部に通信で確認出来ない?」
「無理だ。さっきの距離ですでにジャミング干渉があったから、ここからじゃ通信は繋がらねぇよ」

ハーデスの言葉に、ライアンズが首を横に振る。
ハーデスはすっと息を吐き、ユリアが消えて行った入り口を見据えた。

その瞳には、建物内部が一部透けて見える。
ハーデスの能力"瞬間移動"は、ハーデスの透視出来る範囲に限り、空間を転移することが出来る力だ。

「じゃあ俺も行く。なるべく早い装置の破壊を頼んだよ。あの装置がある限りユリアの幻覚はもって数分だ」

連れて行かれた少女が柚でないと分かれば、犯人達は激高し人質を殺すだろう。
柚とフランツが、緊張に固唾を呑む。

「それと……」

頷いたライアンズに顔を寄せ、ハーデスが何かを耳打ちする。
ライアンズの眉がピクリと揺れ、硬い面持ちで頷き返した。





通信を終えたイカロスは、無線機の前で眉を顰めていた。
アスラが声なくその理由を問い掛ける。

イカロスは顔をあげ、視線を泳がせた。

「いや、ライアンから連絡があったんだけどね。柚ちゃんがまだ見付からないらしい」
「……」
「いくらなんでも追い付けなかった距離じゃなかったと思うんだけど。敵に捕まった様子もないし、神森の気配もあれ以来感じない」

そのとき、管制が僅かに驚きを浮かべる。
二人が視線を向けると、管制は振り返り、気を取り直して短い報告を伝えた。

「ブリュール班の作戦が開始されました」

マスコミのカメラが、廃ビルを映し出す。
アルカディアに連れて行かれる少女の姿が鮮明に映し出されていた。

二人が顔を見合わせる。

「どうやら何者かに無線回線をジャックされたな」

アスラが呟く。
イカロスは眉を顰めたまま、小さく頷き返した。





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