俺様は腕を押さえ、思わずその場に膝を付いてしまう。

「うっ……」
「ヴィン様!?」

シャンルちゃんが、青褪めて俺様の名を叫んだ。

「これで終わりだ!」

ターキッシュは膝をついている俺様の目の前に立つと、高笑いをしながら剣を空に向けて振り上げた。

「ヴィン様!」
「問題ないさ」

悲鳴を上げて駆け寄ろうとしたシャンルちゃんを、シトラの冷静な声が止める。
すでに戦う気がないらしく、腕を組んだまま笑みを浮かべているシトラの唇が、更に緩やかな三日月を描いた。

「あいつも持ってる」
「は、はい?」

シトラの冷めた横顔を、シャンルちゃんが耳を疑うかのような顔で見上げる。
次の瞬間、ターキッシュはヒキガエルのような声を上げた。

「ぐあっ、貴様!?う゛、なんだこれはっ、目がァ!」
「ふあっーはっはぁ!どうだ、魔王に喰らわせようと思って作った、俺様特性・毒グモのエキスと辛子キノコの粉末ミックス目つぶしスペシャルの味は!」

俺様は立ち上がり、目を押さえて蹲るターキッシュに高笑いを返す。

「き、貴様、さっき私を卑怯と……」
「聞こえねぇなァー!ついでに青狼の糞をすり潰した目つぶしと、吸い込んだら体が膨張するクシュカの粉末も喰らいやがれ」

笑いながら、ポケットから取り出した目つぶしを何個もターキッシュに投げ付ける。
もだえ苦しむターキッシュを見下ろし、俺様は高々と勝利に笑い声をあげた。

「ヴィ……ヴィン様」
「はうっ!?シャンルちゃん!」

わ、忘れてた!?
さっきまでの熱い眼差しは何処へやら……シャンルちゃんや村人達の冷たい眼差しが突き刺さる。

「と、とにかく!ターキッシュ=アンゴラ、剣を持て」

俺様は咳払いを挟み、ターキッシュの目の前に奴の剣を投げ渡した。
ターキッシュは目を押さえて俺様を睨みつける。

「私を倒したところで、この国の侵略が止まると思うなよっ……」
「んなこたぁ、分かってんだよ!」

ターキッシュが、ギリリと奥歯を噛み締めながら剣を掴み立ち上がった。
切り掛かってくるターキッシュに向け、俺様の剣は円を描くように滑り、それと同時、俺様も大きく踏み出す。

体を倒し風の如く……
狙いを見据えた先に走る刃に空気が唸る。

ターキッシュがどさりと倒れる音がした。

戦いの終わりに空気が張詰める。
俺様は剣の血を払いながら、振り返りもせず呟いた。

「だから俺様が、王になろうとしてたんじゃねぇか……」

呟きは、誰に届くでもなく消えていく。

息を呑んで見守っていた村人達から少しずつ安堵の声が上がり始める。
シャンルちゃんが俺様に駆け寄り、心配そうに顔を見上げてきた。

「ヴィン様、目と腕は大丈夫ですか?」
「あ、全然平気。怪我は掠り傷だし、目潰し喰らったのは演技なんだー」
「へ……?」
「大体、自分が使う手にやられる俺様じゃないぜ!」

その隣でシャンルちゃんが引いていることなど知る由もなく、俺様は高々と笑い出す。
そして俺様はシャンルちゃんの手を取り、必殺・プリンススマイルを向けた。

「心配してくれてありがとう、シャンルちゃん」
「ヴィン様……」

シャンルちゃんの頬が赤く染まる。
やった、やっと効いてくれた!

シャンルちゃんが屈託のない笑みを返す。
その無邪気さを表すかのように、首元の鈴が軽やかに響いた。

シトラはゆっくりとした歩調で歩み寄る。

「ヴィン、騎士団が到着したようだよ」
「ったく、遅せぇよ」

馬の蹄の音を聞きながら、俺様は郊外へと視線を向けた。





駆け付けた騎士団に指示を出し終えた俺様は、村のはずれに立ち、二人の前で足を止めた。

人気もなく、なんだか物寂しい。
焼け焦げた民家の残骸が、それをより一層際立たせていた。

「俺様はここでお別れだ」
「これからどうするんだい?」

シトラが俺様に尋ねる。

俺様の手は滑るように剣を挿した腰に落ち、無意識に顔に笑みが浮かんでいた。

そう、決めたんだ。
シャンルちゃんとの約束を守るためにも、今は――…

「とりあえず王は保留だ。王国騎士団の指揮官になって、この国を守る」
「君が……?」
「国を守るんですか?」
「ああ」

なぜか安らかな気持ちだった。
がむしゃらに王を目指すより、自分に無理してないつもりだ。

「仕方ないだろ?状況が状況だ」
「ヴィンらしくないんじゃない?」

シトラが眉を少し寄せて不服そうに告げた。
まあ、こいつは俺が王になることを前提に一緒にいたわけだし、当然か。

「俺様が決めたんだから、俺様らしいんだよ。違うか?」
「……あはははは。そうだね、君に口で負かされるなんて、なんか悔しいなぁ」

シトラは一通り笑った後、言葉とは裏腹に、何処か満足したような声音で返した。
俺様は不適に笑い返す。

「てめぇに口で勝てるなんざ、光栄だね」
「最初で最後さ。君との旅と一緒」

シトラの一言に、三人から笑みが消えた。

胸に穴が開いたような空虚感、波のようにこみ上げてくるなんともいえない感情
これは……まさか、寂しさか?

「王になるのを、諦めたわけじゃないんだね?」
「んなわけねぇだろ?敵を追い払ったら、無理やりにでも毟り取ってやるぜ」
「そうでなくちゃ困るよ、エルフの王としてね」

ああ、そうだな……こいつとの約束も守らねぇと。
その為にはやっぱり俺が国を守って、この俺様の国を侵略なんざしてこようとする連中に、二度とそんな気が起きないくらい痛い目見せてやらねぇとな。

すると、シャンルちゃんが背伸びをしながら俺様を見上げた。

「ヴィン様、シャンルが一人前になるまで待ってもらえますか?」
「え?」
「魔族は、魔王に次いで魔神がいるんです。その人達にシャンルが魔王だと認められれば、シトラ様の言う世界の均衡を取り戻せると思うんです」

必死に説明をするシャンルちゃん。
そうか、シャンルちゃんも自分のやるべきことを見付けたんだな。

「認められるためにも、シャンルはちゃんと魔力を制御できるようになって、あなたの力になりたいです」
「君一人でじゃあ無理だよ。優秀な……そうだね、僕くらい優秀な教官が指導でもしない限りね?」
「シトラ様!お願いしていいんですか?」
「仕方ないだろう?結局、僕の旅の目的は解決してないんだからね」
「有難う御座います、シャンル頑張ります!」

シャンルちゃんが嬉しそうにシトラの手を握る。
あぁ……と、俺様が止める暇もない。

途端にシトラの顔が青褪め、手にふつふつと湿疹が湧き上がった。

「きゃー、シトラ様!ごめんなさい!」
「だ、大丈夫……」

シトラは口を押さえ、あまり大丈夫じゃなさそうな声で呟く。
ま、吐かなくなっただけましだろーよ。

シトラがゆっくりと顔を上げる。

「ヴィン、それじゃあ僕等は行くよ」
「ヴィン様、行ってきます!」

俺様は、しみじみと二人の顔を見た。
まるで感傷に浸るかのように、「……あぁ」と呟きが漏れる。

二人は背を向け、森の方へと歩き去っていった。

旅の終わりってのは思ってた以上に呆気なく、思っていた以上に、俺様の心を揺さぶる。

そして俺もまた、去っていく二人へと背を向けた。

やってやるさ……俺様になら出来る。
なんせ天才だからな。

「待ってるぜ」

誰にともなく、自分の声とは思えないような穏やかな声の呟きが漏れる。

例えどれだけ離れようと、そこには約束という名の絆があった。





それは、近くて遠い"約束"





そして時を忘れるような目まぐるしい戦の最中。
自分の名を呼ぶ懐かしい声を聞く。

振り返った先、太陽の光を背に微笑む姿があった。
逆光に遮られる、待ち人達の顔

久々の再会を、なんと言って迎えようか……

剣を下ろしながら片手を上げて光を遮る顔には、知らず自分までもが笑みを浮かべていた。



サイベリアン王国を舞台とした戦場に、一陣の嵐が吹き荒れる。
それは、約束の名の元に……





―END―