25


柚は降り注ぐ雷から逃げ回っていた。

柚が飛び乗った瓦礫に雷が落ち、砕け散る。
柚は空中に水を固めた足場を作り、慌てて飛び乗った。

その目の前に、ハムサが飛び込む。
柚は驚いて転がり落ちそうになると、ハムサがその手を掴んだ。

「てめぇが兄貴をやったって?」
「そ、そうだ!」
「エヴァじゃなきゃ、ぶっ殺してやりてぇよ」

ハムサの言葉に柚は目を見開き、ハムサを睨み返す。

「お前だって、私の仲間をやった!」

ハムサの口端が吊り上がる。
力強くて腕を引かれ、体が倒れた。

耳元で、ハムサの声が囁く。

「お前、自己治癒があるらしいな」
「……っ」
「腕がちぎれるくらい吹っ飛ばしたら、それも再生すんのか?」
「や、やめろ、落ち着け。思い出せ、お前のうるわしの兄上が言ってたじゃないか、エヴァは無傷でって」

柚の頬を冷たい汗が伝う。

「ああそうだった。じゃあ、ばれない様に再生する範囲内でやらなきゃな」
「そんなことしてみろ、チクるぞ!」
「言えない位、痛めつけてやるよ」

突如、柚の驚いた面持ちでハムサの背後に視線を向けた。

はっとした面持ちで振り返ったハムサの後ろで、焔が炎を纏わせた鉄パイプを振り下ろす。
逃れようとしたハムサは、肢体に絡みつく水に縛られていることに気付き、驚きに目を見開いた。

肩をパイプが打ち付ける。
肩にめり込んだ鉄パイプが焔の掌を滑り、流れるような動きで胴に二撃目を打ち付けた。

柚から手が離れ、柚が瓦礫の上に飛び降りる。
心臓が緊張に壊れそうな音を立てていた。

隣に焔が飛び降り、背を預けるようにパイプを構えなおす。

風が髪を揺らした。
柚は横目で焔を見やり、口端を吊り上げる。

「ボロボロの癖に、妹の前だからって格好付けるなよ」
「てめぇこそ、手震えてんぞ」

二人は顔を見合わせ、ぎこちなく笑みを浮かべた。
肘が軽くぶつかる。

「来るぞ」
「言われなくたって分ってる!」

焔の合図に、二人は瓦礫から飛び退いた。

瓦礫を貫く雷の爆発に煽られながら、柚が空に掌を翳す。
空中に無数の針が現れ、雨の様にハムサに襲い掛かる。

するとハムサの頭上で爆発が起こり、針が水飛沫となって砕け散った。

焔がハムサの懐に飛び込み、勢い良くパイプを薙いだ。
纏っていた炎が刃のようにハムサに襲い掛かり、ハムサが瓦礫に落下する。

倒れるハムサに向け、焔は三角に組んだ印の中央に息を吹きかけた。
空が茜色に染まり、灼熱の劫火が荒れ狂う。

柚は炎に煽られながら、唖然と焔の背を見詰めた。

以前、焔がライアンズに向けた炎とは全く威力が違う。
離れた場所にいる柚まで巻き込まれそうな灼熱の巨大な炎がハムサを瓦礫ごと呑み込んだ。

焔は飛び退いて離れると、肩で呼吸をしながら、額の汗を拭う。
その目はハムサから離れない。

柚は緊張しながら、焔同様にハムサを監視した。

燃え盛る瓦礫を突き破り、ハムサが空に飛び立つ。
彼に纏わり付く炎が吹き飛ばされ、ハムサは火傷を負った腕に愉快そうに舌を這わせた。

ハムサの肩が小刻みに揺れる。
突如、空にハムサの高らかとした笑い声が響き渡った。

笑っているというのに寒気が込み上げ、柚の足が弱気に砂を踏み潰す。

「今のはちょっと効いたぜ。だが、これがケルビムとスローンズの力か?宝の持ち腐れだな!」

二人の周囲に火花と共に焦げ臭い匂いが広がる。

焔は地面を駆けながら、柚に手を伸ばした。
焔は柚の背中を強く押し、瓦礫の下に飛び込む。

二人が隠れる瓦礫に雷が降り注いだ。

地面が震撼する。
周囲の瓦礫が散りも残さずに消え去り、巨大な煙が雲の様に空に立ち上った。

抉れた大地に砂がハラハラと降り注ぐ。
硝煙の香りが鼻孔を突くと、ハムサはくつくつと肩を揺らして笑い声をあげた。

「もっと全力で掛かってこいよ!俺を退屈させるな、でないと殺っちまうぜェ?」

空に響く笑い声
命の奪い合いを楽しむ、残虐さ――焔の指が、無意識に砂を掴んだ。

「くっ……そォ」

思うように力が籠もらない。
ギリリと奥歯を噛み締めながら体を起こした焔は、ぐったりと倒れている柚に気付き、慌てて抱き起こした。

「おい、しっかりしろ」

頬を叩いても反応がない。

閉ざされた瞼と力のない肢体に、焔の頬を嫌な汗が伝い落ちた。
心臓が忙しなく鼓動の速度をあげていく。

「おい、柚ッ!」

初めて彼女の名前を呼んだ。
肩を掴んで強く揺さぶると、柚の瞼がゆっくりと起される。

ほっと安堵の溜め息が漏れ、肩から力が抜け落ちた。

焔は唇を噛み、ハムサを睨み上げる。

立ち上がろうとする焔のそでを、柚が掴んだ。
柚は辛そうに瞼を閉ざし、ゆっくりとハムサを見上げる。

「ちょっと待て、何か勝算はあるのか?」
「あ?別に……ねえ」
「はぁー……」

溜め息を漏らしただけで体が軋んだ。
目の前がぐらぐらと揺れている。
背中を伸ばすには勇気が必要な痛みだ。

「なら、私の賭けに乗らないか?お前の顔と電気ショックで閃いた」
「はァ?賭け?」

柚が頷き、立ち上がろうとする。

「あぁ、ったく――」

焔がよろめいた柚の体を支えた。

「乗ってやるから、さっさと言え」
「うん。人間の体の六〜七十%は水で出来てるって言うだろ?その水を操ってみるんだ」
「なっ……無理だ!理論上はいけるかもしれないが、まともにコントロールできないお前にそんな芸当が出来るわけないだろ。下手すると相手が死ぬぞ」
「分ってる。だから、焔にも協力して欲しいっていってるんだ」
「……?」

説明を聞き、次第に見開かれていく焔の瞳
焔は柚を見下し、溜め息を漏らした。

髪をかき上げる。
焔の漆黒の瞳がハムサを睨み据えた。

投げ出された鉄パイプを拾い上げる。
流れるように竹刀のように構えた。

ハムサが焔の前に降り立ち、口端を吊り上げる。

ハムサが地面を蹴った。
焔がパイプを横薙ぎに払う。

飛び退いたハムサが指を弾くと、焔はその場を蹴ってハムサに飛び込む。
先程まで焔が居た場所に雷が走り、焔の背を刺すような電流と爆発の余波が襲う。

その爆発を推進力に、焔のパイプが下からハムサに切り掛かる。
かわされた瞬間、パイプから両手が離れ、右手が滑るようにパイプを半回転させた。

坂手に持ち替えたパイプが、ハムサの首を目掛けて薙ぐ。
切っ先がハムサの首を掠め、血が球体となって飛び散った。

ハムサが僅かに顔を歪め、傾いた体が指を弾く。
焔の肩に雷の刃が貫通し、血が飛び散った。

「ぅ……ッ」

焔は苦痛に顔も歪める。

ハムサが焔に向けて地面を踏む。
その足元が瞬いた。

地面から水の刃が針のように地表を突き上げ、ハムサを串刺しにしようと襲い掛かる。
ハムサは軽やかに攻撃をかわし、背後に向けてすっと体を捻った。

電流を纏った腕と、酷薄な笑み。
ぐるりと振り返ったハムサと目が合い、柚はギクリと体を強張らせる。

「コソコソと何企んでやがるんだ?」
「っ……」
「いくら目覚めたてって言っても、スローンズがこの程度の攻撃しか出来ないわけがないよな?」

ゆっくりと……
だが確実に――迫ってくるハムサに、柚は思わず後ずさる。

その背が、とんっと瓦礫にぶつかった。

焔がギリリと歯を鳴らす。
肩を押さえる手を離し、拳を握り締めた。

「お前の相手は――」

焔が拳を振り上げる。

「俺だッ!!」

焔が地面に拳を叩きつけた。
ハムサの足元が揺れ、炎が地表を突き上げる。

その中で平然と立つハムサに、焔はパイプを握り攻撃に転じた。

走り出す足が踏みしめる、後四歩の距離……
ハムサが柚に向けて翳す手を焔に向けた。

焔の足が地面を蹴る。
後、三歩――ハムサが口角を吊り上げ、青白い雷がハムサの手を離れる。

残り二歩の距離で焔は鉄パイプを空へと放り投げ、左手を翳した。

電流を浴びながら、焔は倒れるように更に足を踏み出す。
最後の一歩と同時、炎を纏った拳が懇親の力でハムサの横面を殴り飛ばした。

ハムサの両足が地面から離れた瞬間、焔はハムサと共に地面に倒れこむ。

隠しきれない、荒い呼吸を溢れた。
乱れる呼吸を整えるように唇を引き結び、焔は手を翳す。

汗と血が入り混じり、頬を伝い落ちる。
意識を集中すると、こうも痛みを忘れてしまえるものなのかと、自分自身驚く。

「乗ってんじゃねぇよ、クソが」

ハムサから低い声が漏れた。
はっとした瞬間、周囲を静電気が包む。

「調子にのるなよ?」
「っ!」

焔の体を電流が全身を貫いた。





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