「終戦後、ザラとジュールを統合したいと思っている」
「あんた、約束が違うぞ!ザラを属国に落とさないって・・・!」

スティングが血相を変えて叫んだ。

「無論、そのつもりはない。二国を統合する、どちらも属国にはならず、新しい王国の一部となるだけのことだ」
「一緒だろうが!」

スティングがイザークに掴み掛かろうとした。
その手を遮るように、シホの剣がスティングの首筋に突き付けられる。

イザークは、それを手で制した。

「こちらも状況が変わっただけのことだ。とりあえず、最後まで話しを聞いてもらおうか。決して、お前達を悪いようにはしないと約束しよう」

アウルとスティングが顔を見合わせる。
はイザークに抱きつきたい衝動を堪え、固唾を呑んだ。






―瞳の先―







「2国の戦争は、双国にとって不利益なだけだ。そこで2国を統合し、まずジュールとザラの間から戦争というものを無くしたい」
「それはあんた等の都合だろ」
「だが、貴様が王になるというのであれば、いずれは直面する問題だろう」

イザークはシホが用意した椅子に腰を下ろし、足を組む。

「いいか、先のことをよく考えるんだな。再びジュールと戦争になった時、貴様はどうするつもりだ?」
「その時は、打って出る」

イザークを睨み据えて告げたアウルを、イザークは鼻で笑い飛ばした。

ははらはらと、アウルとスティングを見守る。
挑発的な態度のイザークのせいで、同盟が台無しになったらどうすればいいのか・・・

「はっきり言ってやろうか、貴様が王であれば、俺は容易くザラを陥落させることが出来るぞ。なんだったら、今すぐ先程の茶番のような決闘の真似事をしてやろうか?」
「いいぜ、やってやるよ」
「アウル、駄目だ」

アスランが、慌てて剣を掴んだアウルを腕で制した。

「邪魔すんな!」
「駄目だ、イザークには勝てない」
「その通りだ。俺は、そいつのように手を抜いてやったりはせんぞ」
「兄上」

咎めるように、がイザークの名を呟く。

これでは、喧嘩を売りにきたようなものだ・・・
交渉にも説得にもならない。
それどころか、今まで築いてきたものが全て崩れていく。

「不安定な国家では我々も安心できない。いつ侵略されるかも分らない国家を寛大に見過ごすような真似を、俺は2度としない」

イザークは静かな口調で告げ、瞼を伏せた。

「兄上・・・」
「ここにいる全ての者が聞け」

開かれた瞼の先からアイスブルーの瞳が姿を現し、アスランとを映し出す。
は兄としてではない、厳しい眼差しを始めて受けた。

「俺が一番に考えるのは、ジュール国だ。その国の為になるというのであれば、2国の合併も止むを得ないと思っている。ただし、それが本当にジュールの為になるのならばだ」
「あ、あんた・・・本気で言ってんのか?」

アウルが信じられない面持ちでイザークを見上げた。

「当然だ。そのためならば、俺は王位継承権を捨てる覚悟もある」
「ば、馬鹿じゃねぇの!あんた、せっかく王に生まれたんだろ・・・それを」
「王は常に民の犠牲となるものだと、俺は心得ている」

その犠牲になるのは、自分1人でよかったはずだ。
シンやには、出来る限り自由に・・・自分の人生を生きて欲しかった。

今まで争い続けてきた2国の合併は、例え形だけの成功を収めたとしても、人の心のわだかまりまで流してしまえるものではない。
失敗すれば、は民の恨みを受けて命を落とすことになりかねない。

「民を顧みない王は長く持たない。王族という血筋を持たない王ならば尚更だ」
「てめぇ!」
「貴様は誰の為に王になる」
「ボクは奴隷の為に――」
「本当に、それは奴隷の為だけか?奴隷の為を思うならば、王という立場に執着することこそが不利益と考えるものではないのか?それとも、貴様はそこまで考えが居たらない低脳な人間か?」

アウルが顔を真っ赤に染め上げ、イザークに掴み掛かった。
血走った目がイザークを睨み付け、噛み付かんばかりの勢いで奥歯を噛み締める。

「言わせておけばっ・・・!」
「いや、例え王が多少思慮に欠けていようと構わないんだ。それを補う為に周囲に優秀な者を集める。しかし、王が周囲の言葉に全く耳を傾けられないようであれば、それは致命的だ」

イザークはアウルの手を掴み、投げ飛ばす。
空の樽に背中から突っ込んだアウルに、イザークは手の埃を叩いて腕を組む。

その音に驚いた奴隷達が、天幕の隙間から中を覗き込もうと集まってきていた。
体を起こしたアウルが、怒りを滾らせた瞳でイザークを睨みあげる。

「国に生きるものは奴隷のみではない。他者を否定すれば反感を生む。王の判断が多くの運命を狂わせ、時にたった一人では担いきれない数の命を奪う。中途半端な覚悟で王になどなっていいものではない」

イザークはシホに声を掛けた。
シホが、慌てたようにイザークの後に続く。

肩越しに振り返ったイザークの視線が、アウルからへと向けられた。

「クラインやアマルフィが到着するまで時間がある。その間、今後についてよく考えるんだな」

自分達の陣営に消えていくイザークを見送り、はその場に座り込んだ。

イザークの言葉は、アウルのみに向けられた言葉ではない。
自分にも言えることだ。

様」
「ああ、大丈夫」

顔を覗き込むミゲルに、は静かに凭れ掛かった。

アスランはを見やると、キラへと視線を向ける。
大股で歩み寄ると、アスランは徐に金髪のかつらを奪おうと手を伸ばす。

キラはそれをひらりとかわし、くすくすと笑みを浮かべた。

「いきなり無粋じゃない?女の子に対して」
「黙れ」
「アスラン、待て!」

が慌てて立ち上がり、アスランを止める。

「何故かばう!」
「とにかく待ってくれ」

は、ちらりとアウルとスティングに視線を向けた。

イザークに投げ飛ばされたアウルが、悔しさに歯噛みをしている。
心配そうに付き添うスティングも、怒りを押さえ込んでいるのは明白だ。

「すまない、兄に代わり無礼を詫びる」

「本当にすまなかった」と、は2人に頭を下げた。
視線が突き刺さるように痛い・・・は下げていた頭をゆっくりと上げる。

「だが、兄の言葉は私も事実だと思う。私自身が望み、果たそうとしていることにも言えることだ」

は胸元で手を握り締めた。

「この戦争で母を失い、兄を殺されかけ、もう1人の兄とも離れ離れになった。誰かが死んだり、虐げられたり・・・そういうのは、もう沢山だ」

唇を噛むから、アスランは顔を逸らす。
それでも、キラとの蟠りが癒えるわけではない。

「でも、その経験が全て悪かったとは言えない。自分の痛みがあるから、人の痛みが知れる・・・私はそう思う」

はまっすぐと、アウルを映した。

「2国を合併したいと言い出したのは私だ。憎しみに憎しみを重ねていくよりも、それを許すことの方が遥かに難しくて困難だ。でも、だからといって諦めたり妥協するよりも、新しい未来を創っていく方が遥かにいい」

白い指が、アウルの擦り切れた腕に触れる。
アウルの肩が僅かに揺れた。

「アウルやここに集った多くの人達も、その1人になってくれないか?そして、これからの国を導いて欲しい」
「そんなの・・・」
「合併したら国境に王都を置きたいけど、最初は誰もそこに住んではくれないと思うんだ。だから、そこの住人になってくれないか?もちろん国を導く為、政治にも積極的に関わって欲しい」

はハンカチを取り出すと、畳み込んでアウルの傷に巻く。

このような場所にいるのが不釣合いなほどに育ちの良さを感じさせる物腰だが、傷口に向けられた視線は何処か憂いを帯びていた。
だが、その瞳は自分達よりも遥か先を見詰め、揺るぎのない覚悟を秘めている。

出会った頃とは違う。

「もし2国が合併したら――誰が王になるんだよ?」
「王はまだいない。だが、いずれ生まれる」

はアウルから手を離し、苦笑を浮かべた。
アウルの傷の手当てをしていた手がそっと自分の腹部に触れ、瞳は穏やかに見えない何かを見詰める。

「私が産む。不安定だからこそ必要な、ザラとジュール王家の血を継ぐ者だ。新しい王の行く道はとても困難だろう。だからこそどうか、その子にアウル達の力を貸して欲しい」

まだ誕生しない命に、全てを託そうとしていた。
だが、ジュール国の誰かでも、ザラの誰かでも駄目なのだ。

どちらにも公平で、正統な王でなければならない。

「だから、アウルもどういう国を創りたいか考えてくれ。互いに意見を交わして、いい国を創っていかないか?」

向けられた言葉と瞳から、アウルは無意識に目を逸らした。
立ち上がり、天幕から逃げるように去る。

答えが見えない。
慌てて追い掛けてくるスティングの声に、アウルは振り返ることが出来なかった。





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あとがき

2009/4/1